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2009年1月

2009年1月31日 (土)

雇用の流動化

雇用の流動化という言葉がある。12年ほど前に、当時の日経連(日本経営者連盟だったかな)が、新時代の雇用と称して短期雇用(現在でいう派遣や期間工のこと)と長期雇用(正社員)を使い分けた人材活用で経営の効率を上げようという提案をした当時に、流行った言葉である。
マスコミは、その時の現象のみを捉えて批判するのが得意だが、当時は失敗しようとして新たな雇用を考えていたわけではなく、日本全体が閉塞感に覆われていた中で、ITなどの先端技術を使い日本経済を再生したいという前向きな考えから進められたと思うし、自分も考え方が間違っているとは思わなかった。

しかし、経済成長や利益だけの目標は長続きしないことが明確になってきた。利益を出してどうするかが大切なのである。目標に限界があったのであり、短期雇用がすべて悪とは言えないように思う。

さて、雇用の流動化。利益を出すために、高い生産性で、特に欲しくないものをたくさん作ってしまった先進国。先進国に物質文明として追いつきたい発展途上国。そろそろ物質文明から精神文化への転換をしないと、物であふれる社会すなわちごみであふれる社会になってしまう。リサイクルは幻想だと思う。物理の言葉の中に可逆と不可逆というものがある。エネルギー保存則もある。私のつたない物理の知識から考えると、リサイクルは、製造するよりも多くのエネルギーを必要とするはずだ。消費社会から、出来るだけ消費を抑える社会に進化する必要があると思う。

そこで、雇用の流動化である。雇用は、先進農業へと移動すべきではないか?と思う。林業や新しい漁業も含まれる。昨日の国会で公明党の太田代表が、農業の株式会社化を考えたらどうか?という提案をしていた。
同感である。利益の追求ではなく、人類の幸せを追求し、その結果として利益が生まれる。その利益は、幸せ造りに還元する。というリサイクルが、真のリサイクルではないかと思う。

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2009年1月28日 (水)

夢のある話

今日の昼休み、森町の工場にある食堂の休憩所で、30代の若い監督職の方と話をする。ついつい昔話をしてしまう。子供のころは、みんなお金持ちになりたいと思っていたという話である。お金持ちといっても、肉を腹いっぱい食えるとか、自分の車が欲しいとか、という夢である。そのために、一生懸命働いた。
私自身は、そんなにひもじい思いをしたことはないが、家庭教師のバイトをしていたお宅で、初めて牛肉が入ったすき焼きをいただいた時の感動は今でも忘れない。
だから、食うに困らない現在は、みんな夢が持てず将来が不安になってしまうのだ。私たちの世代が夢を持てないのはまだいい。若い人は夢があるんだろうか?
若い監督職曰く。「すぐに現実を考えてしまう」・・・心配だ。

私は夢を持っている。この地域を緑がいっぱいの農村にして、夏は農業をし、冬は車やオートバイを作るのだ。もちろん、作ろうとしている車もオートバイも排ガスはゼロ。未来の無公害動力を使うのだ。
本当に夢だが、レオナルド・ダビンチの夢は20世紀になってライト兄弟が飛行機として実現した。実に500年もの時間がかかっている。自分はそんな偉い人物ではないが、子供や孫の時代に、戦争もなく、美しい自然に囲まれて豊かに生活して欲しいという気持ちから出た夢である。

人は、土から生まれ土に還る。人も自然の一部であることを忘れ、科学の力で何でもできるというおごりが、今の不況を招いている。神様の怒りである。
人は弱い生き物だ。ひとりでは生きていけない。家族から村をつくり、国へと発展し、豊かな社会を築いてきた。しかし同時に、争いによる破壊も繰り返してきた。

神様は、言葉と文字を私たちにくださった。しかし希望と信頼がなければ共同体の未来は描けない。希望と信頼を創るのは、夢と思いやりである。

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こんなことを考えていたら、娘から「春を撮りました」というメールが届きました。

日本の社会にも、この地域にも、私の会社にも、必ず春はやってきます。

希望を持って、一日一日を大切に過ごそうと思います。

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OB会

日曜日に、当社を退職した方で構成するOB会があり、お招きをいただいた。OB、会社それぞれの代表挨拶の後、現市議会議員、田之上さんの施政報告。田之上さんの紹介で少し挨拶をさせていただいた。
仕事でお世話になった方、労組でお世話になった方、初めてお話しする方、営業、技術、製造、取締役だった方から、現場で勤め上げた方、皆さん同じ場で、楽しく談笑されているのが印象的。

「みんな違ってみんないい」金子みすずの詩の一節だが、会社を勤めあげ、人生の仕上げにかかろうとしている皆さん。お元気で優しい。

こうして年を重ねてこられた方が、住みやすい人に優しい街づくりをしたいと思う。

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2009年1月24日 (土)

転換期

今は大転換期だと言われる。麻生総理は100年に1度の不況という。確かに、これまでと同じような世の中が続くとは思わない。しかし、転換した後、不況が終わった後、そのような世の中にしていこうか?していくべきなのか?なるであろうか?ということを答えてくれるリーダーはいない。
近代の歴史をひも解いてみると、産業革命で便利な道具を大量生産するようになってから、社会は大きな変貌を遂げた。工業化を進め、生産性を高めることにより、電化製品や自動車などが普及し、誰もが一定の豊かさを享受できるようになった。
しかし人類は、一度始めた大量生産を調整することなしに、大量消費、大量廃棄を繰り返すことで、欲求を満足させ続けるという循環を繰り返してきた。
こうした経済が行き詰まると、植民地政策を進め、さらに戦争をまねき、破壊による再生産を繰り返すという歴史も経験してきた。
今、ITという技術に支えられたグローバル経済は、サブプライムローンというウイルスを、世界中にまき散らしている。

人間は動物の中でも、力が弱いという弱点を、共同生活をすることで克服し、地球の歴史上、最も反映した動物になった。しかし、繁栄の原点が共同生活、助け合いであることを忘れ、競争することだけでさらなる繁栄が可能であるかの様な幻想を抱いてしまった。転換期は、人間が欲望を制御できるかどうか?の転換期ではないか?

今一度、助け合いで生き延び繁栄に結び付けてきた祖先の精神を取り戻し、人と人の関係はもちろん、人間以外の生物と地球に対し謙虚な気持ちで向かい合い、進歩ではなく、進化していかなければと思う。

今、必要なのは経済学でも電子工学でもなく、哲学のような気がする?Photo

写真は、今日の朝、「安久路からみた朝焼け」空気が澄んでとてもきれいでした。

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2009年1月20日 (火)

懇談会

朝、5時50分起床、身づくろいをし新聞を一通り読んで、必要な記事を切り抜きスクラップ、トイレをすまし6時45分頃から食事。7時10分に出勤。会社が近くなったので通勤時間は、駐車場からの徒歩を含んで約15分。
7時45分から、工場の朝礼で挨拶。その後、職場の朝礼に出て、1日の予定を報告。午前中は、打ち合わせと訪問準備。昼食時間は、現場の休憩所で懇談会。午後は、支援していただく労働組合を訪問し挨拶と後援会活動のお願い。18時からは、本社技術の人達と懇談会。

本日の行動。ほぼ平均的な1日だったが、夕方からの懇談会では、たくさんの意見や要望をもらった。やります。と言わなくてよい。みんなで一緒にやろうと言ってくれ。という応援の言葉ももらった。

今日は、オバマ米国大統領の就任の日。オバマさんは「I can・・・」ではなく「We can・・」と呼びかける。社会を構成するすべての人が、いやすべてでなくても、多くの人が、自分は社会のために何が出来るのだろうと問いかけることが出来れば、必ずこの不況は乗り越えられると思う。新自由主義という果てしない欲望の追求は、もう終わりにしたい。

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2009年1月19日 (月)

昔の仲間、新しい関係

最近は良く職場に行く。長い間、組合の専従をしていたので、10年ぶり20年ぶりに顔を合わせる友人も多い。実験で働いていた時の昔の仲間は、既に私が立候補の準備をしていることを知っていて、すれ違いざまに「頑張れよ」と声をかけてくれる。政治には全く関心がない人たちだと思っていたし、自分も間違いなくその仲間だったが、今年になって会う人会う人、声を掛けてくれる。
こうして応援してくれる人に感謝し、本当に精一杯頑張らんといかんなと思う。

今日の夕方、近隣の町の自治会長さん二人に挨拶にいく。この方たちもまた暖かく迎えてくれる。立候補するために引っ越してきたにもかかわらず、受け入れてくれる。町の中には、いろんな人がいて、非難されることも覚悟はしていたし、これからもあるだろうが、少なくとも自治会の皆さんは好意的に受け入れてくれた。これも本当にありがたい。感謝の気持ちを忘れず、これからも謙虚に町の人達と付き合っていこうと思う。

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2009年1月14日 (水)

ごみ処理

今週は、朝礼、お取引先への挨拶、昼の懇談会、終業後の懇談会と、充実した計画で、多くの方々にお会いしている。そんなに夜遅くなるわけではないが、気疲れなのかなかなかブログに向かい合えなかった。
3日間、ほぼ同じ行動を続けやっと、毎日移動と挨拶を続けることが日常になり始めたようだ。この活動が当たり前になってやっとスタートラインかな?という気がする。これから3か月「無理をしても無茶をするな?」になるまで、自分を追い込んでみようと思う。

「ごみ処理の不満」最近の懇談会では、必ず質問されるテーマだ。自分自身、浜松と磐田の分別の違いに疑問を持つひとり。ごみは少ない方が良い。処理の効率を上げるためには分別した方が良い。概念としてはその通りだが、説明不足と思う。どうやって分別するか?については、こと細かく説明したマニュアルが配られる。しかし、なぜ分別するか?分別したことで、何が変わるのか?が釈然としないし、その説明書が見つからない。

科学の進歩により、様々な現象が分析され、将来の姿の予測がされるようになった。とりわけ環境については、ヒステリックと思われるようなところまで予測され、対応の施策が検討されている。その結果、環境という名のもとに行われる施策はすべて正しく、それに反対するのは反社会的な行動のように思われる風潮が出来上がってしまっている。

しかし、予測はあくまでも予測であり、目的が正しいとしても達成するための手段は様々である。やや、感情的な議論から、ゴミの分別やレジ袋の有料化などが行われているような気がしている。

まず、事実を調べてみようと思う。分別することとしないことで何が違うのか?家庭から出されたゴミは、どの様な経路で処理されるのか?など、実際の処理現場を確認することから、この問題に正面から取り組もうと思う。

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2009年1月11日 (日)

ららぽーと

今日は朝から貝塚会(会社を退職された方のOB会)の方々へ新年のご挨拶を兼ねてと後援会入会のおねがいにお宅を訪問。
実は昨日、組合の執行部の皆さんと夕食をとりながら懇談し、やや飲みすぎてしまい、若干頭がいたい。しかし朝早起きして30分ほど散歩、しっかり目を覚ましてからスタート。昨日より、冷え込むが風が少し収まったような。OBの皆さんに励まされた1日。

Imga0001 その途中に、「ららぽーと」の工事現場を見てきた。ららぽーとは、県内でも最大規模のショッピングセンター、今年の夏にはオープンの予定という。完成したら道路の混雑や、近くのスーパーにどんな影響があるんだろう?などを考えながら見ていたが、確かに大きい。磐田の発展に結びついてほしいし、周辺施設や渋滞対策なども含めて、この施設を活かしたまちづくりが望まれる。・・・というか自分もその責任を負うことになりますね。

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2009年1月 8日 (木)

賀詞交歓会

今日(1月7日)は、賀詞交歓会のはしご。まず弊社の新春懇談会。お取引先の皆さまが集まり、新年の情報交換をするのが目的。はじめて出席させていただき、地元のお取引先の社長や役員の皆さまにご挨拶してまわった。

次に、連合静岡の賀詞交歓会。昔の仲間ともお会いでき、ややリラックスできた。連合推薦議員の皆さんとはじめて私的な内容も交えて話をした。それぞれが自分の支援組織を持っているにも関わらず、磐田に住む親戚や友人の紹介をしてくれる。健康第一のアドバイスも暖かい。今まで議員を評価する立場にいた自分が、同じ土俵に入ったことを実感。

賀詞交歓会での連合会長の挨拶「世界恐慌を招いたのは人間の欲望、乗り越えるには相当時間がかかる。今こそ共助、助け合いの精神が必要とされている。労働組合の出番だ」

競争社会の中で人間が置き忘れている助け合い・思いやり。自分のこれからの目標と共通する大切なものだ。そして感謝の心。

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2009年1月 7日 (水)

仕事始め

今日は弊社の始業式、初めて本社以外の事業所の始業式に出た。始業時間が8時と8時4分の2回あるので、2か所の事業所を回った。
社長の挨拶、労働組合委員長の挨拶をDVDで流した後、事業所の責任者から1年の目標についての話がある。その後、その事業所の労働組合支部長の挨拶、最後に安全衛生や人事異動の報告。
本社で聴く社長あいさつのみの始業式と比べ、話が身近で具体的なので、時間は長いが飽きずに興味深く聞くことができた。

始業式の後に、5分ほど挨拶の時間をいただく。感謝です。

本社に帰ってきて、食堂で挨拶。いわゆる門立ちならぬ食堂だちだ。握手をした方が良いのでは?という事務局の意向で、食堂出口で握手する。
以外に皆さん抵抗なく握手してくれる。1000人くらいと握手しただろうか?今まであまり考えたことはなかったが、握手することで何となく気持ちが伝わるような気がする。中には無視して通り過ぎる人もいるが、手を差し出すと多くの人が頑張れと握手してくれる。ありがとうございます。

午後から事務局の人達と、今年の計画を確認し、終業後は懇談会、オートバイの実験をしている職場の人達。自分が最初に携わった仕事なので、昔話も入れて考えを話させてもらう。町の活気、公共事業、ゴミの問題などについて質問され、意見交換しているうちに予定時間を完全にオーバーしてしまった。
私から皆さんにためになる話が出来たかどうかわからないが、地域や政治の問題についていろいろ指摘してもらいためになった。元職場の皆さん長時間ありがとう。

という、大変充実した仕事はじめでした。本年も一生懸命動きたいと思います。

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2009年1月 5日 (月)

磐田を走る

Photo 1月4日(日)体調を整えようと自宅から岩井を抜けて桶ヶ谷沼まで走り久しぶりに汗を流す。写真では今一よくわからないが、桶ヶ谷沼を照らす朝日がきれいだった。初めて桶ヶ谷沼を一周した。自然保護のためか、山道が多くジョギングとしては良いコースだ。(野鳥の観察には出来ればもっと沼に近寄りたいが、思いのほか平地が少ないので、あまり沼に沿った道を作らないほうが、沼の保護には良いかもしれない。

スズキの工場をまわって元天神経由で自宅に帰ったが、途中に安久路川起点がある。ただの用水路だが、恐らく磐田原を開発で、用水の整備をしたときに決めたものであろうと思われる。が、近くに川の起点があるのは不思議な気持ちだ。Photo_2

その後、年始の挨拶に回り、午後からは弟家族が来る。やっと、落ち着いた年始の雰囲気で一日を終える。

1月5日(月)今日は、明日の仕事はじめを前に英気を養おうと、妻と長女と3人で由井のさった峠にハイキング、富士山を見るため7時に家を出る。8時半興津駅について歩き始める。が、西部では雲ひとつない青空が、焼津あたりから雲が多くなり、出発の時は雲で隠れて富士山は見えず。しかし、さった峠に差し掛かると、雲が晴れて頂上が覗く。
厳しいなりにも、今年は良い年になるかも?と希望を持ったハイキングだった。今年は、思い切り走りながらも、周囲の景色を見失わずマイペースを守って元気に頑張ろうと思います。
Photo_3

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2009年1月 3日 (土)

明けましておめでとう

Photo_3  穏やかなお正月になりました。写真は、娘が佐鳴湖から撮った初日の出。昨年は、半田の山まで日の出の写真を撮りにジョギングで出かけたのですが、今年は施設に入っている父が帰ってきているので、出かけるのは控えました。残念・・・来年はまた取りに行けることを祈ろうと思います。父は思いのほか穏やかな状態で食欲もあり、とりあえずひと安心。

さて、元旦には富士見町の自治会行事で、役員が30人くらい集まって、初詣と新年会がありました。自治会長の好意で、一緒に初もうでをし、冒頭にご挨拶をさせていただきました。
町内からは8年間市議会議員が出ていないとのことで、期待もあるようです。労働組合の推薦で準備を進めていることや、そんな経緯から町内に住み始めたのも10月からだということなどの事情も話して、その上で出来る限りの努力をする旨を伝えました。

まずは体力、明日の朝からまたジョギングを始めます。

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