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2009年3月

2009年3月30日 (月)

一喜一憂

4月も間近、自分をコントロール出来ると思っていたが、精神的な不安定さがどうしても態度に出がちな今日このごろ。ハッキリ言って心配である。応援してくれると言われても信用できるのかな?心の底で疑ってしまう自分がいる。参謀の時は、全く無かった状態だ。

朝、寮の玄関に立って挨拶。先に挨拶をする寮生が増えた。笑みがこぼれる。ある職場の朝礼、話をしながら真剣に聞いている人の顔を見てうれしくなり、しかめっ面をしている人を見てガッカリしている。5分の間に一喜一憂。
取引先では、私の後に某市長候補が挨拶すると聞いて、印象が薄くならないように思わず力が入る。友好労組では、磐田在住の書記長が、ものすごく自分を買ってくれていて、職場委員に何回もお願いをしてくれた。涙がでそうになる。

夕方から夜の訪問では、本社の新人組合役員が運転手、人柄良く段取り良く運転がうまい。将来が楽しみな逸材の会い、気分が高揚。訪問先の方も、今日は良い人ばかりで、ありがとう良い一日だったと感謝しようと思った途端、最後のお宅でネガティブ攻撃にあった。前任者の時は良かったが、今回はあれがダメこれもダメ・・・。てな具合。思い当たるだけに落ち込みは大きい。

といった具合に、今日は心の浮き沈みが激しい一日だった。ただ、そんな自分を冷静に見ていられるようになったことは成長のあかしと思って、育ててくれた諸先輩に感謝しよう。

明日も、また一喜一憂だろうが、それを糧に一回り大きい、へこたれない自分を創ろう。

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2009年3月29日 (日)

感謝

元上司のお宅に伺った。年初にお会いできなかったので、訪問の途中に寄ってみた。車がないのでお留守かと思ったら、ドタドタと階段を降りる音がして、どうぞという。玄関のドアを開けるとびっくりして、なんだ宅配便じゃなかったな!・・・相変わらずである。

5分、あがって行けという。ある市長候補を応援していて、友人たちに手紙を出すんだが気をつけることはあるか?いくつかアドバイスをすると「わかった。選挙で疲れたらおれの家で休んで行け。いつでも開けておく。じゃあ」といって、本当に5分で終わった。帰り際に、弊社の経営の姿勢をチクリ。

20年前と全く変わらない上司の姿に安心。組合の専従になるときに、やるなら一番上をやらないと意味がないな!ということを言い、サラリーマンは俳優だ、どんな役でも、迫真の演技をするのがプロだ。ということも、彼が教えてくれた。

今日の訪問活動で、自分の名前が売れてないことをいやというほど知ったあとだったので、本当に心強い元上司であった。感謝である。

夕方、中学の同級生から電話、浜松に住んでいる。ある政党に所属しているので、自分ではない人の応援をしている。にもかかわらず、磐田在住の友人を探して紹介してくれた。本当にありがたい。感謝の一日である。

1_2  まったく関係ないが、ららぽーとの全容が見えてきた。ちょっと大きすぎないか?と思えるほどである。景気回復を祈りたい。

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2009年3月28日 (土)

三寒四温

彼岸を境に、ずいぶんと暖かくなったと思ったら、昨日から寒さがぶり返してきた。昨日の夕方、歩いて隣の会社に行ったまでは良かったが、そのあと体が冷えて、夜の行動は早々に切り上げてしまった。

今日も、朝から冷える。風が強いのと曇り空で日差しが無いので、よけい身にしみる。ある人から、候補者はコートを着るものではないと言われ、確かにそうだ。ということで、どんなに寒くても、上着の上には何も着ないようにしている。下着は重ね着をしているが、今日の寒さは結構しみた。

寒さの理由はもうひとつ。夕方訪問したお宅の反応が悪い。あまり応援したくないようだ。皆さん弊社のOBである。皆さんというのは、一人ではなく、今日訪問した住宅の一角がみんな冷たいように思えたのだ。自分の態度が悪いのか、それとは関係なく政治に愛想が尽きたのか?

ひとしきり悩んだが、想像しても理由が分かるはずもなく精神衛生上良くないので、気持を切り替え、自分への試練だと思い、これからせっせと彼らのお宅に通い、何回、何年通えば、心を許してくれるか挑戦してみよう。じっくり長期戦に決めた。わたしの心も三寒四温である。

Photo先輩の議員と一緒に国分寺まつりにいった。この寒さに、さくらも咲いている花と躊躇している花がちょうど半々という感じ。写真は七重の塔の先端部分のイメージタワー。復元をしたいようだが、これも三寒四温の状態のようだ。

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2009年3月26日 (木)

見付

この頃は、見付のまちを廻っている。新興住宅街は、ほぼ一巡したので、昔からのいわゆる見付を歩いている。見付は磐田原の南斜面に栄えた宿場町。磐田原の端には谷が多い。そのためか、見付の町は歩きにくい。山と谷が入り組んだ土地に、曲がりくねった道が通り、家が建っている。
というと、あまり良くないイメージだが、山の手である。古くからの神社、仏閣の周りに家が密集し、旧東海道沿いに商店が並んだ風景は、寂れてきたといっても歴史を感じる。

古くからの化粧品店を営むKさんのお宅に行った。旦那さんが当社に勤めているのだ。ぐるっと家の周りを一周したが、どうも玄関らしきものが見つからず、迷った末、お店から「こんにちは!松野です」「あら、がんばってくださいね!!」初対面なのにいきなり励まされた。前任の田之上議員からの支援者なのだと思うが、気持がいい。

「景気が悪いから何とかしないとね」という話から、見付の保存の話になった。経緯は良く分からないが、現状の町を保存しようという計画が進んでいるようだ。曲がりくねった細道も保存するという。
彼女は反対派。救急車や消防車が入ってこれない状態では、今の時代、安心して住めない。もっともである。
計画を見ているわけではないので良く分からないが、老人世帯が多いので、生活の安全と利便性は担保していかないと、箱庭を創るだけの歴史保存になってしまうような気がする。

店先で夫婦並んで見送られてしまう。期待されているようだ。・・・歴史保存と生活の利便性・安全のバランス。難しそうだが、テーマとしては悪くない。おそらく、好むと好まざるとにかかわらず、取り組まなければならない問題と思うので、早めに予習をしておく必要がありそうだ。見付の支援者も、賛成派・反対派の双方を探して、意見を聞いてみたい。

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2009年3月25日 (水)

引き際

夕刊で、石川県知事が辞任することを知った。静岡空港の立木問題で、辞任が地権者の自主伐採の条件だったからだという理由のようだ。知事自身はずいぶん悩んだろうと推測される。もし自分が同じ立場だったら、とても正常な心理状態ではいられない状況が1年近く続いていたと思う。

どのような経緯で測量ミスがあり、それがずるずると長引いたのかわからないが、県の行政の体質に問題があるような気がする。

以前、連合静岡の仕事で、何回か、県の担当課と政策要請のための会議に同席したが、解決しようとする意欲、現状を正確に分析しようとする姿勢が感じられなかった。短時間なので、決めつけられないが、印象はそんなところだった。なお、労働局の体質の方がなお保守的な印象。逆に最近の市役所の窓口対応は、どこかの会社の福利厚生窓口に見習ってほしいくらいテキパキしていると思う。

市長や議員など、選挙で選ばれた有権者の代表が、ルールを決める。官僚はそれにしたがって効率的に実務をこなす。ということでなければ、民主主義の社会の秩序は守れない。

やはり、「選挙で選ぶこと」「選ばれた人の役割と責任」というところにしっかりと意思をいれないと、信頼できる社会の運営はできないと思う。そのひとつに、選ばれた人の引き際ということがある。

鈴木市長が、あっさり退任する。麻生総理は、解散しないかわりに、仕事もしない。小沢党首は、グレーな印象をさらに強くしたまま政権交代を狙う。そして石川県知事。いろんな考えがあるしスタイルもある。
しかし、本当に市民・県民・国民の目線で考え決断しているのだろうか?

リーダーの資質とかいう以前に、公僕としての心構えが大切ではないだろうか?と自身にも言い聞かせておこう。

忘れてました。3月議会が終了し、田之上康成、磐田市議会議員が22年の実質的な務めを無事終えました。わが労組・企業はじめての組織内議員として大変なご苦労された田之上さん。本当にありがとうございました。

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2009年3月24日 (火)

あいさつ

朝、朝礼で挨拶をしている。労働組合の役員さんに案内してもらい、職場にいって皆さんと一緒に体操をし、その後に2,3分自己紹介とPRをさせてもらう。体操の時には、近くの人と雑談、今日は浜松の西遠ジムに通っている青年。先ごろ浜松のアマチュア選手権で優勝したそうだ。
何で私にボクシングの話が出来るかというと、知り合いに西遠ジムのトレーナーがいるのだ。(本当かどうか知らないがファイティング原田と対戦したことがあるという)青年は、トレーナーから私の話を聞いたようだ。不思議な出会い。がんばれアマチュアチャンピョン。

見附寮で挨拶立哨(寮の玄関で挨拶ってこと)5日目、最初は挨拶してもらえない子が10人はいたと思うが、今日は2人だけ。笑顔で挨拶してくれる子も増えた。

午後、新入社員に挨拶。あいさつの話。社会人の第一歩はあいさつという話。
もともと朝のあいさつは出来るだけしようと心がけていたが、今年になってからは、とにかく朝すれ違う人には全員と挨拶しようと決めて実行している。まだ1日3,4人忘れてしまうこともあるが、少しづつ自然に挨拶できるようになったと思う。近所でも会社でも、すれ違う人には挨拶している。(朝だけだが・・・昼、夕方の挨拶はなんて言ってよいか結構難しい)
近所ではすべての人が挨拶をかわしてくれる。
会社では、今年のはじめころは、半分の人が挨拶してくれればよい方だったと思う。今は少し増えて6.7割の人から挨拶をかわしてもらっている。
10人に1人くらいの割合でまったく無視される。でも、続けていこうと決めている。

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2009年3月22日 (日)

もうすぐ磐田に春が

P10002571 P10002591

Photo

昨日はとても温かく、一足先に春が来たような陽気でした。鶴ヶ池を通りかかったので、ちょっと足を止めて散歩をしました。池のほとりの桜がほころんでいました。青空に向かって写真を撮りましたが、ややピントずれ。桶ヶ谷沼の菜の花もきれいに咲いています。

P10002661旧見附学校の桜も・・・。明治8年に建てられた現存する日本最古の「木造擬洋風小学校校舎です。見附の宿場通りから、少し入ったところにあります。

春と言えば、3月も後半になり、来月はいよいよ選挙の月になります。小山さん(民主党の)が、支援者とのミニ集会に招待をしてくれました。

Photo_2

Photo_3今日は朝から断続的に雨、ミニ集会の時間帯は大雨。本当のミニ集会になりました。が、皆さんいい話をたくさんしてくれました。

最後に、また娘からさくらの便り、こんどは佐鳴湖のソメイヨシノです。

 

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2009年3月19日 (木)

新入社員

当社にも新入社員が入ってきました。2グループに分かれて、座学と体験とを約1週間づつやるとのこと。今日は、労働組合の紹介、1時間の説明のうち、5分程度の持ち時間です。あいさつ(おはようございますのこと)と助け合いの話をしました。が、学校と同じように、当番を決めて、講義の最初と最後に当番の起立、礼の号令に合わせて、「お願いします」「ありがとうございました」をやっています。

ひさしぶりに爽快です。この謙虚な気持ちを忘れずに、経験を積んで、新しい時代を築いて欲しいですね。自分の入社当時を思い出しました。

明日は、桜の開花日だそうです。入社式は4月1日、ひょっとしたら、満開を通り過ぎて、かなり散ってしまうかもしれないですね。雨・風に少し我慢してもらって、満開のさくらで、入社のお祝いをしてあげたいと思います。

Photo 今日、娘から桜の便りが届きました。キンキマメザクラというようです。ちょっと早咲きの桜です。

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2009年3月18日 (水)

革新系市長候補

渡辺さんと一緒に、市内のある中堅どころの労働組合に行きました。職場委員会があり、そこでご挨拶をするためです。
この頃は自分も、挨拶にずいぶん気持ちが入ってしまうと思っていますが、渡辺さんの話は「スゴイ」他に表しようがないので、すごいとしか言いようがない。とにかく自分を信じてくれ、4年後には、必ず選んで良かったと思ってもらえるはずだ。という挨拶。普通の人が同じ話をすると、何を言っているんだ。どうせ出来やしないのに・・・。と受け取られるような話を、持前の正直さと情熱で「うーん」と唸ってしまう。
私よりも5歳年上だが、若々しく力強い。もう少しうまく立ち回ればと思ってしまうくらい真っ直ぐな人物である。中途半端はだめだが、正直を突き詰めると、それは偉大な力になる。

私が議員の立場で彼をフォローできれば、何か新しい道を切り開けそうな気がしている。けっして彼の真似が出来ると思わないし、性格の違いは変えられないから、自分は「ばか人がいい」をモットーにやっていこうと思います。

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2009年3月17日 (火)

ごみ焼却場

懇談会をすると、ゴミの分別が面倒だという声がたくさん出ます。実際に、燃えるゴミとプラスティックゴミに分けるのはまだ良いが、不燃ごみの分別の種類が多くたいへん。また、プラスティックの容器や袋は、中の食べ物かすなどが残らないよう、きれいに洗わないとリサイクルできないということで、きれいにして指定の場所に出す。袋に氏名を書いて。私は元々は、浜松に住んでいて、ゴミはおおざっぱに分別し、レジ袋にいれて出していたので、やや戸惑いがあった。が、とりあえず慣れようと思って、自分でゴミの分別をしています。たいへんです。
議員になったら、ゴミがどのような処理をされているか、ゴミの一生の理想と現実を確かめて、紹介してみようと考えています。確かに、しっかり分別をするのは、悪いことではありません。しかし、大多数の人が対応出来るか?持続できるか?理想に近づけるよう技術的な準備ができているか?などが必要な条件ではないかと思います。

家庭を訪問していると、ゴミを溜めている家庭も見られますし、外国人がルールを守らないから教育してという声もたくさんあります。

いずれにしても、衣食住とゴミは毎日の生活そのものですから、市民の皆さんの実態と、P1000249処理の現実を良く知ることから始めたいと思っています。

さて、現在のごみ処理施設の写真です。今度、この横に100億を掛けて、新しい焼却炉と灰溶融炉をつくるということです。3年後には完成ということですので、それに合わせて、市民の合意形成が出来ればと思います。

ちなみに、灰溶融炉は

JFE電気抵抗式灰溶融炉は焼却灰を1,500℃の高温で溶融して再生利用可能なスラグとメタルに変え、最終処分場への負荷を軽減します。
炉内に設けた電極間に交流電圧をかけることで灰自体が抵抗体となって電気抵抗熱が発生し、安定的で穏やかな溶融が行えます。加えて、炉底部に高さを変えた排出口を設けることで、スラグとメタルが比重分離して排出されるため、きわめて良質なスラグを得ることができます。さらに溶融炉を出たガスは還元雰囲気にあるため、有害ガスの生成が抑えられ、また灰に含まれる重金属もほとんどが溶融飛灰として捉えられ、資源として回収できることが特長です。

ということです。
 

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2009年3月16日 (月)

定額給付金

今日、定額給付金の申請書類が届いていました。郵送です。中には、カラー印刷のパンフレットが1枚、口座の申請用紙が1枚、返信用封筒が1枚、入っていました。これから申請し、すべての人に行き渡るのは6月くらいになるようです。

私は家内と二人暮らしなので2万4千円です。使途はまだ決めていません。浜松市では、寄付の受付をして、いただいた寄付を福祉に使うという窓口をつくったと、新聞で報道されていました。磐田市では、そうした動きはありませんが、時期を合わせて商工会議所が商品券を売り出します。1億5千万円分で、市が1500万円を負担。1割お得ということでしょうか?もう動き始めましたから、批判はやめて、消費のきっかけになればと思います。
それにしても、年度末の忙しい時、それにこの地域は市長と市議会の選挙がある中で、給付の事務手続き、市の職員は大忙しですね。選挙が終わったら、職員の本音も聞いてみたいと思います。

あと33日、とにかく走ります。

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2009年3月15日 (日)

炭水化物

最近は、動いているせいかお腹がすく。御飯がうまい。パンもうまい。野菜もうまい。肉は程ほどでいい。という感じ。

今日の昼、娘の誕生日なので、実家に寄り、母と娘と家内と私、4人で昼食。少し贅沢して浜松の神戸屋に行く。ここは、オーダーすると、料理が出るまで、パンが食べ放題。料理が出てくるまでに、二人前のパンを食べてしまった。料理もパスタ。炭水化物である。これも平らげ、コーヒーを飲みながら、デザート代りにまたパンをつまむ。

とても夕食は食べられないだろうと思っていたが、午後、訪問して自宅に帰ると不思議なことにお腹がすいている。おそらく、毎日よく歩いているので、内臓の調子が良いのだろうと思う。後援会の活動に感謝である。あとひと月、頑張ろう。

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2009年3月14日 (土)

散髪

私は、浜松市東区小池町に生まれ育った。地元の小学校・中学校に通い、高校には行かず、沼津にある工業高等専門学校というところにいった。
そこで散髪の話である。中学校を卒業するまでは、歩いて3分くらいのところに中谷さんという床屋があり、ずっとそこで散髪をした。沼津では寮生活だったし、当時は長髪がはやった時代だったので、半年くらいは散髪をしなかった。そうなると、床屋に行くのが億劫になってしまう。初めての店にはどうも入りにくい。
結局、3年生までは、帰省した時に地元の中谷さんに行っていた。4年になったとき(ちなみに高専は5年制である)に、学校に床屋が出来た。500円でやってくれたように記憶している。それからは学校の床屋に行くようになった。それから、床屋を変えるのがあまり苦痛ではなくなり、私の床屋遍歴がはじまる。

会社に入ってからは「休日出勤の帰りに会社の近くの床屋へ」「出張をした時に、ちょっとホテルの近くにある床屋へ」という具合に・・・。一時は、1000円の床屋に・・・。「QBハウス」だったかな?最近では、市野イオン内にQBハウスが出来て、しばらく通った。
印象的なのは、魚釣りに浜名湖にいった帰りに寄る聾唖の夫婦が経営する舞阪の床屋さん。話はできないが、目で合図をしながら過ごす1時間はなかなか楽しい。

磐田に住んで、どうしようかと考えている時に、たまたま会社OBの奥さんがやっている床屋さんが同じ町内にあることを知った。昨日、「こんにちは}と入ったら、覚えていてくれて、大変ですね?と一言。疲れていたのか寝てしまい、やや失礼をしてしまったが、うまが合いそうな床屋さん。OBの奥さんというのは抜きにしても、これから常連になろうかな?という気持ちになった。これまで、浮気ばかりしていたが、この辺で落ち着くのも悪くないかな?と30年ぶりに思った昨日の1時間でした。

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2009年3月13日 (金)

報徳の歴史

昨日の朝、私の大先輩から電話。大日本報徳社で一緒に話を聞こうというお誘いでした。少し前に、報徳の話を聞いてから、インターネットや図書館で調べているうちに興味を持ち始めたところなので、タイムリーで嬉しい話でした。さっそく今日の午前、掛川城の天守閣隣にある大日本報徳社に出かけました。

P1000238  掛川くらみの庄屋、岡田佐平冶という人が、二之宮尊徳の教えを基に、村おこしをし、その活動が遠州地域全体に広がり、地域振興の基礎となってきたということです。今日のお話の中で、特に印象的だったのは、急いで儲けるなという話。伊那食品という寒天を製造している信州の会社では、出勤すると社員はまず会社の周りの地域をきれいにする。掃除を1時間やってから寒天の仕事をするという。
社長の考え方は、「急いで儲けるな」急に儲ければ、いつか必ず急降下するということ。そしてもうけは、まず地元に還元、社員に還元。地元に還元の方法が1時間の掃除なのだということです。どこかの社長に聞かせたい話ですね。

「至誠」「勤労」「分度」「推譲」報徳の教えはシンブルで奥が深い。

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2009年3月12日 (木)

インディアカ

10年くらい前、バレーボールではなくて、羽根のついた丸い小さな座布団を打ち合うゲームがあることを知りました。インディアカです。簡単に出来ますが奥が深いようで、私の小学校の時の同級生が、地域の同好会でインディアカにハマってしまい、いろんな大会に出て結構良い成績を上げているようです。

見附の体育館で、当社の社員の奥さんを中心としているインディアカのサークルがあり、紹介してもらい、挨拶に出かけました。男がひとりで行っても場違いな気がしたので、妻を誘い、一緒にいきました。10分くらい挨拶と雑談をして失礼しましたが、後援会のリーフレットをたくさん持って帰ってくれました。練習のあとみんなでランチだそうです。どうもランチをしながら世間話をするのが目的のようでもあります。

わたしと同年代前後の、子供が手を離れた主婦の皆さん。不況とはあまり縁がないようで(こんなことを勝手に書くと怒られそうですが、少なくとも皆さん明るい)エンジョイしています。しかめっ面をしていても景気は良くならず、その時々の状況に合わせて、節約はしても、人生は楽しむ。大事なことですね。

日本の経済を救うのは、バイタリティ溢れた主婦の皆さんかも知れない。と思いながら岐路につきました。

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2009年3月11日 (水)

原点回帰

人類は、家族から村、都市、国家へと集団を増やし、繁栄をしてきました。役割分担をして、生命力の弱さを補ってきました。人間はひとりでは、もう生きられません。生きるすべを知りません。社会の中で、分担している自分の仕事の報酬で、自分では得られないものを買うという行為により交換し、何とか生を保っています。

コンピューターが発達し、ますます役割分担が細分化しています。より助け合いが必要なのに、足の引っ張り合いをしている人類。いま起きている金融経済の崩壊は、神様が人類に科した試練ではないでしょうか。

今まさに人類が立ち上がり手を使えるようになり言葉を得ることでコミュニケーションという道具を手に入れ、集団生活を通じて繁栄してきたことを思い起こすべきであろうと思う。

毎日いろんな人と会い話をして、自分の考えを伝え思いを訴え、相手の意見を聞く。この繰り返しをしていて、「労働組合の幹部として今まで何をしていたんだろう」と思います。大衆運動が何なのか?やっとわかり始めたような気がします。いや、まだまだだと思いますが、毎日歩き続けることで、少しづつコミュニケーションの原点が見えてくるような、今の感覚を大事にしながら、明日も歩きたいと思います。

原点回帰・・・ジュビロだけでなく、私を含めみんなに必要な言葉です。

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2009年3月10日 (火)

残業

不況が続き、工場の稼働率も低くなりました。残業もずいぶん減ったようです。今、夕方、6時過ぎから挨拶して歩いています。昨年の12月には、8時になっても帰っていない人が多かったのに対し、最近は6時過ぎには家にいる人が増えています。
昨年までは、不夜城と言われた技術棟も、8時過ぎには窓からこぼれる明かりもだいぶ少なくなっています。

忙しくて大変なのも困りますが、今の状態は寂しくもあり不安でもあります。少しでも早い景気回復が望まれます。

さて、そんな中、国会では経済対策そっちのけで、麻生がどうだ、小沢がどうだ、今度は二階だといったことばかり、マスコミの報道もそんなことばかり。政治家が信頼を失っているのは今始まったことではない。政治家同士が足を引っ張り合うのは、経済政策や社会保障政策、財政危機をどうするか、ということをしっかり議論して、議員の追求は残業か休日出勤をしてやってもらいたい。
マスコミも、通常のニュースをしっかり伝え、政治家同士の問題はバライティを潰してその時間帯でやってもらいたい。

こんなことをやっている間に、どんどん失業者が増えている現状をまず改善してほしいと思うのは私だけではないと思います。
こういう問題にメスを入れるような動きを、地方から発信できれば・・・。

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2009年3月 9日 (月)

社会性と女性

毎日、いろんなお宅に伺います。突然、連絡もなしに訪問するので、あまり気持ちの良いものではないかも知れません。にもかかわらず、多くの女性(奥さんです)は、笑顔で「大変ですね、体に気をつけてくださいね」と言ってくれます。

男が社会に出て働き、女性は家を守るというようなことをよく言います。(今はそんなことを言ってはいけないのかも知れませんが、そういう時代がありました。)男の場合、会社だったり、経済界だったり、労働界だったり、かなり閉鎖された社会に出て、その一つの社会の中で、自分の世界を作ろうとします。

女性は、地域社会であっても、見ず知らずの人と井戸端会議をし、スーパーの店員と世間話をし、ファミレスやホテルのバイキングのサービスデーで、近所の友達とランチをします。お花や裁縫、エアロビクス教室に通います。
女性の住む世界はどんどん広がるのに対し、男性の社会は、定年で完全に閉じられてしまいます。消防団や祭りの青年団を経験していれば、地域でまた昔の仲間と自治会や老人会が出来ます。しかし、サラリーマンだけを真面目に務めた人はどうでしょう。

どんな人にも笑顔で応対できる。それが社会性です。すぐに友達づきあいが出来る。それも社会性です。難しいことを考えずに、いろんな付き合いをして、勝手な思い込みから脱皮しましょう。自分も含め、世の中の多くの男性が同じ生き方になっているようです。

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2009年3月 8日 (日)

花粉症

雨の予報が、穏やかな天気になり、気持の良い1日でした。今日の説明会に来た市議会議員候補予定者は、37陣営とのこと。とのことと言うのは、候補者はおとなしく支援者周りをし、説明会には事務局がいくことになっており、会場で事務局に挨拶だけして、訪問活動に出かけたから。予想よりも多い。とは言え、47人の候補者で、34議席を争った前回とは比較にならない。
いずれにしても、「賽は投げられた」という実感。今まで以上に気を引き締めて1日1日を大事に過ごそうと思います。

そこで花粉症です。鼻の穴にワセリンのようなものを塗って、花粉が入るのを防ぐ方法があります。正確な名称は「精製長鎖炭化水素」と言います。これを鼻の穴に塗ると、鼻毛がハエ取り紙のようになり、花粉が付き、それ以上中に入るのを防ぐという仕掛けのようです。

実は、これが効果あり、マスクは入りません。ただし、長い間外にいると、花粉症の私は、鼻水が出てくるので、鼻をかみます。そうすると少しずつ効果が薄れます。したがって、状況に応じて、ときどき鼻の穴に綿棒を差し込むことになります。「面倒くさい」というのがたまにキズ。しかし、人に会って話をするのが仕事の私には強い味方になりました。

この「精製長鎖炭化水素」で、さわやかに活動したいと思います。

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2009年3月 7日 (土)

原点回帰

今日、J1が開幕しました。われらがジュビロもモンテディオ山形とホームで開幕試合です。午後4時のキックオフに備え、朝から後援会の家庭訪問を精力的にこなした後、妻と二人で花粉防止のマスクに身を固め、歩いて家を出ます。

今年は、スタートダッシュだな?などと話しながらスタジアムに5分前に到着。今日は、雨になるかも知れないのでS指定席。観客もほぼ満員。天気もよく絶好のコンディション。開始約10分でジュビロのゴールかと思いきや、オフサイド。そのうちに入るだろうと思っていたら10分もしないうちにペナルティゴールでジュビロ1点先取。と、気持がよかったのはここまででした。その後2点を続けざまに入れられ前半終了。
後半になって、ジウジーニョがうまく合わせて同点となり調子づくかと思ったとたんに、カウンターで3対2と逆転され、その後続けざまに3点を取られ試合終了。終了10分前には、帰る人が出始め、終了時には既にがらがらという、試合も観客もちょっとみっともない状況でした。

私は、ほとんどサッカーのことはわかりません。しかし、卓球をやっていたので、試合の雰囲気は何となくわかります。ジュビロの選手にはどうも迷いがあるような気がします。一方のモンテディオの選手は、J1に昇格しのびのびとプレー。その違いが、一瞬遅れているようなジュビロの試合運びと、モンテディオの違いのような気がします。が、どうでしょうか?

企業も、利益のことを考えすぎていると、あ客さまに喜んでもらえる商品やサービスを提供できないと思います。お客さまに喜んでもらいたい。感動を与えたいと思ってみんなが仕事をすれば、自然と儲かるものだと思います。
ジュビロも、勝敗ばかりを気にせずに、まずはのびのびと、どんどん点を取りに行って欲しいですね。今年は、家から歩いていけるので、今までのように忘れたころに観戦ではなくて、時間が出来たら応援に行こうと思います。

原点回帰は、「ファンの皆さまに感動を与えることがジュビロの仕事」ということですね。わが社も「感動創造企業」なんですね。みんなで原点回帰しましょう。

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2009年3月 6日 (金)

地球温暖化

今週は寒くなると天気予報で言っていましたが、とうとう寒い日はやってきませんでした。桜の開花はもうすぐのようです。入学式のころには桜は散ってしまうかも知れませんね。

地球温暖化が進んでいると言われています。確かに、子供のころは厚い氷が張っていたのに、今は薄氷をたまに目にする程度。やはりCO2が増えているせいでしょうか?難しいことはわかりませんが、アスファルトの舗装、コンクリートのビル、冷暖房、工場の設備、夜のネオン、エネルギーは仕事と熱に変わります。熱効率が50%以上の動力は聞いたことがないので、何かしらエネルギーを使うと、その半分以上は熱に変わるはずです。

CO2うんぬん以前に、人間がエネルギーを使えば、熱の発生が増える。気温は自然とあがるはずです。
子供のころには、舗装した道路は国道だけでした。私の家には、蛍光灯はありませんでした。夜はいつも真っ暗、星がきれいでした。

というところで持論。地球が暖かくなっていくのは避けられないので、暖かくなった地球で、どの様に快適に生きていくか?ということを考えるべきと思います。温暖化を止めることはできないと思います。おそらくすべての科学者はそう思っていると思います。

それなのに、政治がCO2削減などのキャンペーンを進めるのは、どこかのだれかに利益があるからのような気がしてしまいます。

植林をしたり、水をきれいにしたり、エネルギー効率を高めたり、化石燃料を使わないようにすることは賛成です。自然環境を出来るだけ残していくことは、人間にとっても好ましいと思うからです。

地球温暖化を、政治の駆け引きの材料にしないようにしてほしいと思います。子供たちに、きれいな地球を残そうということで、説明は十分のような気がします。

我社の、第7駐車場(一番大きな駐車場ですが、すべて舗装してしまいました。)を見ながら、思わず今年の夏は熱くなるなあと思ったことから始まった本日の独り言でした。

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2009年3月 5日 (木)

天国にはまだ遠く

eb1a81f8.jpgちょっと前に、妻と見に行った。加藤ローザがヒロインでお相手がチュートリアルの徳井。でも喜劇ではない。
自分がいやになって自殺しようとした若い女性が、睡眠薬を飲むために泊まった民宿の若い経営者の人柄と生き方に影響を受け、いつしか自殺願望は消え、命の尊さと生きることの喜びを感じていく物語。

一方の民宿の若主人は、婚約者に自殺されたことが原因で、エリートサラリーマンをやめて、山中の民宿で、世捨て人のような暮らしを始めた。民宿とはいっても、ほとんど誰も来ないところに、ふらっと現れたのが、若い女性。自殺するつもりで睡眠薬を飲んだが、32時間眠りっぱなしで、目が覚めたらおなかが減って、お釜いっぱいのご飯を平らげてしまう。というところから物語がはじまる。シリアスな中に笑いがあるたいくつしない映画だった。

私が18歳のころ、「20歳の原点」というエッセイが話題になった。高野悦子という立命館大学の学生が、学生生活に疲れ自殺してしまうまでを綴ったもの。内容は忘れてしまったが、本人が書き遺した実話なので、男の自分でも心を打たれ、彼女が通ったというジャズ喫茶に行ったことを思い出した。
今から30年と少し前のこと。授業をさぼりフォークソングを口ずさみながら、自分のダメさ加減を嘆き、死んだらどこへ行くのだろうなどと、毎日考えていたこともある。

昨年も自殺者が三万人を超えたという。死ぬほどいやだな。死にたいな。と考えることと、本当に自殺することの間には、ものすごく大きな違いがあると思う。

人間は誰でも一度は死ぬ。死なない人間はいない。どうせいつか死ぬんだから、見苦しいことがあっても、恥を描いても、借金があっても、ましてやかっこ悪いなんてことは、死んだらわからなくなってしまうんだから、あまり気にしない。いつからか、こんな考え方が自然と出来るようになってきた。

田之上さんから、「いのちの電話」の理事を引き継いでしまった。いのちの電話は、精神的に追い込まれてしまった人たちからの電話を受け、相談にのってあげるというNPO。
時間が出来たら、講習を受けて、そうした人たちの相談に乗れるよう、今から少し努力してみようか!!映画を見ながらそんなことを考える良いひとときだった。

でも、4月19日までは、そんなことは言ってられない。猪突猛進でがんばろう。

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2009年3月 4日 (水)

3軒に1軒くらいの確率で犬を飼っている。犬を飼うときは、庭の隅に、犬小屋を置き、しっかり鎖をしておくのが普通だと思っていた。しかし今は、部屋の中に放し飼いにして置くのが一般的のようだ。多くのお宅で、インターホーンを押すと犬が応えてくれる。
その後、ご主人か奥様が、犬を抱えて現れる。「こんにちは、松野まさひろです。元気な犬ですね。」で会話が始まる。

実は小生、犬嫌いだった。小学校の時に、鎖でつないである犬をからかったところ、鎖をつないでいるところが、レールになっていて、庭の中を自由に動けるようにしてあったのだ。しっかりお尻をかまれ、その痣はいまでも残っている。それ以来犬には近づかないようにしてきたのだ。

と過去形なのは、あまりにも犬を飼っているお宅が多いので、最近は慣れてきた。吠えている犬がしっぽをふっているかどうかも見極められる。ほとんどの場合、しっぽを振りながら吠えているので、咬まれることはない。また、堂々としていれば、犬も様子を見て、飛びかかったりしないのだ。

ただ、夜はどこにいるのかよく見えないので、まだ本当に大丈夫ではない。少し暖かくなってきたので、夕方以降の挨拶を増やし、4月までには何とか克服しようと思う。

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2009年3月 3日 (火)

素朴な疑問

私は組織内議員候補予定者である。組織内議員で何?会社や組合の代表という議員が何で必要なの?素朴な疑問である。かつては自分もそう思っていた。
考えてみようと思う。

「企業の社会性」

企業の社会性には様々な定義があると思うが、

雇用労働者にとって生活の糧を得る企業の存続は必要不可欠なものである。地域社会との共存共栄を進めることは、企業活動を円滑に進めることはもちろん、その事による地域雇用の安定に大きな寄与をすることになり、地域にとっても有益なことである。

しかし地域行政に対し企業が直接その影響力を行使することは、地域行政・住民との摩擦を起こしかねないことから、経済団体(商工会など)や労働組合の連合会などを通じて、市民全体の合意形成を図りながら共生できる施策提言をしていくことが望ましい。

こうした活動を円滑に進めるためのひとつの手段として、市議会議員を使うという考え方が、組織内議員の意義のひとつ

「勤労者の代表」

古代ローマの政治システムは、貴族の代表、経済界の代表、市民の代表、3つの階層の勢力争いであったという。1000年もの長きにわたり古代ローマが持続できた理由のひとつに、共和制であれ帝政であれ、意思決定システムに、それぞれの階層の意見を反映してきたことがあるという。(塩野七生のローマ人の物語から)

磐田市においては、34人の議員に占める雇用労働者代表は4人である。8割を占める雇用労働者の代表としては、あまりにさびしい。一方で自営業や農業の代表と位置づけられる会派の人数は22人であり、過半数を大きく超える。
これでは市民の代表である議会の公平性を担保できない。雇用労働者の意見を反映した市政を進めるためには、その代表の存在と数の拡大が不可欠である。

議員になるためには選挙で当選しなければならない。しかし当選するとは限らず、落選すれば雇用は失われる。こうしたリスクを冒しても議員に立候補しようと考える人はわずかである。

こうした現実の中で、組織内議員という考え方が生まれた。雇用を継続しながら議員活動をするためには、会社の意思決定が必要である。労働組合が議員を抱えている例もある。いずれにしても政治は企業や労働組合の本業ではないため、抱える議員の数には限りがある。

本来的には、政党や政治団体の位置づけをNPO的な存在として社会的に認知される組織にしていくなどで、各界からの政治を志す人達の受け皿を作っていくことが必要と考える。

組織内議員は、そうした民主主義の発展途上における次善の策とも言える。

いずれにしても、議会制民主主義を実践していくためには、市民の構成にあった代表を選んでいく必要がある。そのためには、ワークライフバランスの取れた生活を送り、社会活動に参加することが勤労者の日常になるような社会になっていくことが必要なのかも知れない。しかし、今の日本社会でワークライフバランスを進めるためには、政治的な後押しが不可欠。ニワトリとたまごのようだ。

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2009年3月 2日 (月)

自治会

自治会長と電話で少し長い話をした。企業労組をバックに、地元に引っ越してきて、市議会議員に立候補しようとしている人間を、どう扱ったらよいか、戸惑いがあるようだ。
自治会の役員にも、当社出身は多い。応援してやってくれという人。自治会は、選挙に直接かかわるべきではないという人、別の候補を応援したい人。いろんなグループがあるようだ。話をしているうちに、もっとも扱いにくいのが、左派の方々であることが推測できるような話になった。

この地域は、長く議員がいなかった。自治会長は、地元出身でなくとも、いろいろと相談したり、問題を打ち上げて欲しいと考えており、私の応援をしたいようであるが、そのことで、役員間の意見の相違をつくりたくないようでもある。

そんなこんなの議論を、自治会の三役で会話をしていただき、組長会議で挨拶をする機会をつくってくれることになった。

といういきさつから、ご支援お願いしますはやめにして、自己紹介と信条を淡々と話すことにしようと思う。
「ヤマハ発動機として、産業と行政の橋渡し役、勤労者の声を代弁する議員が欲しいということから労働組合の活動を長くやってきた自分が、適任ということで選ばれたこと。したがって、磐田市全域を視野に置いて活動をしていくことが、自分の役割であるということ。しかし、暮らしている地域の実態や課題が分からずに、磐田全体が分かるはずもなく、地域の問題を解決出来ない人間に、町全体の課題が解決できるはずはないと思う。身近なことからコツコツ積み上げていくのが自分のやり方、生き方なので、地域のみなさんともよく会話をしながら、一緒に住みよい地域をつくるための努力をしていきたい。」

といったことが、自分の本音でもあり信条なので、自治会の皆さんにもそういった自分の思いを素直に話して、支援してもらわないまでも、近所にこんな人間が住んでいることを承知しておいてもらおうと思う。

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2009年3月 1日 (日)

桶ヶ谷沼

磐田市長候補、三人目の予定者である渡辺修さんの事務所開きに招かれる。市議会議員候補予定者として紹介をされただけだが、彼の演説を聞くことが出来て満足だ。
純粋に、磐田市とそこで暮らす人たちのことを考え行動できる。書いたり言ったりするのは簡単だが、自分の人生をそのために用意できる人は数少ない。その一人が彼だと思う。

私自身は組織の歯車。自分で青写真は描いてきたものの、企業活動の内の、社会貢献活動の一環として、組織のニーズにしたがって行動するというのが、自分のタスク。とはいえ、企業が地域に貢献するということは、そこに住む人々の幸せを支援していくということに他ならない。

私は、渡辺修氏と出発点は全く異なり、手法も異なるが、求めるものは同じに違いないと思う。是非がんばって市長になって欲しい。箱もの行政で食い荒らされつつある地域を、自然・人間生活・産業活動の調和が取れた優しく力強い街、元気な街にしていくため、一緒にやっていきたい。

という思いを持ちながら、西貝塚と掛塚方面の家庭を訪問。今日は、9時から3時まで、技術部の執行委員が運転手をしてくれた。まだ31歳と35歳の青年。礼儀正しく将来が楽しみだ。そんな事を思いながら、大変だったが楽しい時間を過ごせた。

Imga0001 Imga0002  晴れ間が出たので、少し寄り道。桶ヶ谷沼にいってみた。菜の花が満開。今日は3月1日。太陽暦でも春がきた。

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息抜き

昨日は、頭痛がひどくて午後からお休み。頭痛は持病で、緊張が続いた時や同じことを続けていて肩が凝った時などにひどくなります。ちなみに常備薬は「イブ」これが一番効きます。一晩すぎて今朝は比較的調子が良いようです。今日の訪問は、本社の方が運転手をしてくれます。駐車の心配がなく、話し相手もできます。ありがとうございます。

200902281026000 午前中は、本社工場のイチゴ狩りへ、大須賀のサンサンファームです。集合して説明があったあと、少し時間をいただいてお礼と家内の紹介。そして、皆さんと一緒にイチゴのハウスへ。本日の発見は、その一、大きいものより、ほどほどのものが甘くておいしい。ちなみに本日の最高記録は、元気なお子さんの51グラムでした。優勝してお菓子をもらい喜んでいました。

その二、へたまで赤いものは、さらに甘い。

リラックスした時間を過ごさせていただきました。(頭痛を除けば・・・。)

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