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2009年4月

2009年4月29日 (水)

見付の天神さま

Photo 見付の天神さまから、お祭りの案内が来ました。天神さまの本名は、矢奈比賣神社と言います。矢奈比賣命と菅原道真公を祀っています。見附の生まれではないので、良くは分りませんが、遠州っこに生まれた自分の起源が、意外とこの地方の中心だった見附や中泉にあるかも知れず、せっかくの機会なので、歴史をさかのぼりながら、「歴史と自然の中に工場がある街、磐田」を考えて見ようと思います。

さて、写真は「遠江の国総社 淡海国玉神社」です。大国主命などが祀られています。遠江の国の総社で、国司が最初にお参りした神社ということです。裸祭は、矢奈比賣神社から総社まで練り歩くというお祭りです。

一度しか見たことがないので、実は裸祭は良くわかりません。が、今年は是非参加してみたいと思います。

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2009年4月28日 (火)

用語が難しい

1期目議員の研修がありました。議会の基本的な知識編です。初めての用語に戸惑います。事件:案件のことだと思いますが、すべて事件という言葉でいうようです。これまでの経験では事件と言うと悪い事のように思えるので、まだピンときません。質疑と質問、質疑を求められる時と質問を求められる時があり、質疑では、自分の考えを言ってはいけないということのようです。一方質問は、自分の意見を言っていいとのこと。

一般質疑と一般質問、代表質疑と代表質問があります。研修のように、一方的に聞くと、なかなか身に付かないようですが、習うより慣れろという言葉もあるので、あまり深刻に考えず、お経のように、体で覚えるようにしていこうと思います。

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2009年4月27日 (月)

熊野の長ふじ

Photo Photo_2

浜松と浜北のメーデーに行きました。浜松では、少し前に行って、お世話になった皆さんに挨拶、式典開始前に失礼しましたが、浜北に行く途中息子から電話が入り、「釣りに行くから道具を貸してほしい」ちょっとの道草と思い、実家によると、母の妹が来ていて話をしてしまった。

そのためと、浜北のメーデーの場所が思ったよりもずっと上流(天竜川の)にあり、ついた時には、式典が始まってしまっていた。すぐに終わると思っていたら、議員の話の長いこと・・・。10:45分に式典終わり、それを待って、皆さんにご挨拶。速攻で熊野に!!

残念、藤娘の披露式典は終了していました。(今日は、熊野の長藤まつりの初日なんです)しかし、ふじは満開ですばらしくきれいでした。

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2009年4月25日 (土)

マスコミ報道

新聞でもテレビでも、泥酔して全裸で騒ぎ逮捕の事件ばかりを報道している。総務大臣までコメントしていた。日本は100年に1度の不況と言いながら、軽犯罪を追いかけまわしている。格差が拡大する中で、不況を他人事のように感じている人たちも多いのだろうと思う。かくいう小生も、会社で現場を見て仕事の少なさを感じるが、自分自身は収入は少し減ったとは言っても、生活を大きく変える状況ではない。多くの国民が、今の生活を切りつめてということではなく、車や家、レジャーの費用を調整しながらも、日常生活はあまり変化が無いのかも知れない。

マスコミ報道は、一部の情報を必要以上(と思える)に大きく報道することがままあると思う。全裸のアイドルの報道は、その典型であるし、政治家の発言の言葉尻を捉えた報道もやや行き過ぎの感がある。

日本全体を統計的に捉えた客観的な分析をして欲しい。私の支持者は、自動車関連企業の組合員と、弊社グループの社員が中心だ。家庭を訪問し、話を聞いて回っている。経済的に行き詰っているという人はいないようだ。しかし、親御さんの介護をしたり、子育てに苦労している人たちは多い。
自分の感覚からは、経済対策よりも、介護や子育てなどの支援策を充実していくことを優先すべきというように思える。

経済のことは良く分からないが、国民が安全に生活できることが最も重要なことで、経済成長率が幾つになったということに振り回される必要はないと思う。そもそも、経済成長は、お金がどれだけ動いたかを指標化しているに過ぎない。
豊かさは、生産した付加価値の量である。社会の構造が一定であれば、付加価値の増加とお金の動きは等価かも知れない。しかし、現在は社会の構造が変化し続けているのである。経済の動きと付加価値の動きは、必ずしも一致しないのではないかと思う。

マスコミが、これまでの古い指標である経済成長率、国民総支出の変化のみに一喜一憂し、それを記事にして、社会を国民を不安にさせているとしたら、問題があると思う。言論の自由を規制しろという考えではないが、政治家がそうであるように、マスコミも自己中ではなく、国民の目線でものを考え報道する必要があると思う。敗戦から立ち上がった日本人である。経済などに振り回される民族ではないはずだ。マスコミの皆さんにも、国民を励ますような報道をお願いしたい。

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2009年4月23日 (木)

肩書き

○×ジャーナルなる出版社の方から電話がありました。本に名前を載せたいので、プロフィールについての取材をしたいとのこと。あまりピンとこなかったが、失礼があっても困るので、お会いしました。

結論から言うと、様々な著名人に取材をして、一覧表をつくり、それを取材した皆さんに買ってもらうというシステムのようだ。名前が出版物にのるので、宣伝効果?を期待してか、結構乗せる人がいるようだ。市議会議員の肩書も、それはそれで商売になるようである。名詞とパンフをわたして、公に公表しているプロフィールであれば、何に掲載しても構いません。そちらで判断してください。という対応をさせていただきました。

世の中には肩書きに執着する人も多いようです。私の知っている人でも、肩書きをまず確認してから話し始める人がいる。そういう人は、肩書きを聞くと話し方が変わる。
私は、肩書きで人を判断するのはあまり好きでない。昨年の10月から、今日までは肩書きがなかった。一社員で一組合員である。精神的にはものすごく楽である。委員長という肩書は、はっきりいって重かった。市議会議員の肩書はどうだろう。議員と言うのは、代表である。代わりであることを表明している人、すなわち有権者の代わりに意見を言う人が議員である。肩書きではない。役割を表す言葉である。

世の中が平和で変化が少ないと肩書きが独り歩きする。しかし、混迷した世の中になり、そろそろ肩書から実力の時代へと変化してきたと思う。ぬるま湯にどっぷりと漬かってきた、肩書き執着世代の皆さん。早く時代の変化に追従しないと、置いて行かれますよ。

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2009年4月21日 (火)

議員の報酬とは?

食堂の出口に立ってお礼のあいさつ。取引先へ報告をしに訪問。何かが変わりました。みんなの顔が笑顔。取引先に行っても「○▽の・・・・です」○▽は入りません。握手を求めなくても、握手しに皆さんが来てくれます。(もちろん全員ではありませんが、当選してしまった私には、支援者の印象が強く残ります)

投票してくれた人、磐田に住んでいなくても応援をしていてくれた人、自分のことのように思ってくれているようです。
何で、何回も何回もつらい選挙をやれるんだろう?その疑問の答えのひとつは、ここにあるのかも知れません。少なくとも皆さんがこんなにすばらしい笑顔を返してくれるのなら、自分はもう一度戦えると思います。

笑顔の中に期待があります。けっして御苦労さまではなく、これからの期待です。皆さんからこの笑顔をもう一度もらうためには、努力が必要です。並大抵の努力ではだめです。一番たくさんの応援を頂いたからには、磐田で一番努力する責任があります。

選挙では「よそ見をせず議員の仕事に徹する」ことを表明してきました。議員の仕事は、「市民の声を意見を苦情を聞き、議会で徹底的に議論し、政策実行の優先順位を決めること、そしてその結果を出来ることも出来ないことも、市民にしっかり知らせること」という自分の基本的なスタンスを説明してきました。これを愚直に繰り返していきたいと思います。

いずれにしても、まずは現状把握です。市民の勤労者の考えていることの意見収集はしてきましたが、市政の実態を知りません。
議員としてのスタート台に立ったわけですが、まずは、現状把握をして、これをしっかり支援者の皆さん、勤労者の皆さんに知らせることから始めないといけませんね。

みなさんの笑顔を励みに元気な磐田づくりを、一歩一歩進めていきたいと思います。議員の報酬は支援者の皆さんの笑顔、これを裏切ってはいけません。

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2009年4月20日 (月)

忘れられない日

<2009年4月19日>結婚記念日でした。実は朝まで忘れていて妻に指摘されることとなりました。選挙結果は、夜遅くなると思ったのか、妻は19時過ぎに買い物に行き、ケーキを買ってきました。

21時過ぎに、娘と息子・母が到着し、久しぶりの家族団らんです。テレビを見ながらも、選挙速報のネット配信が気になる中、うとうとしていると10時半、最初の速報です。全員100票、落ち着きません。息子にネットは任せて少し横になりました。11時の速報・・・全員1000票です。候補者の心臓を試しているようです。携帯電話が鳴りました。開票所の様子では、当確のようです。よく分からないまま、着替えをし、次の連絡を待ちます。

11時半、数字が出ました。四千・・・・よく見ないうちに迎が来て、開票集会の場所へ、そうです開票集会の場所、某社体育館は、妻との出会いの場所なんです。

ジュビロが初勝利をしたその日に、妻と最初に出会った場所で、結婚記念日に当選するという、ちょっとびっくりの忘れられない一日になりました。そして、尊敬する渡部市長の誕生です。こんな日は、もう二度とないでしょう。

今日の朝は、起きるとすぐに、天神様へお礼に行きました。こういう一日をプレゼントしてくれた神様と応援してくれたみんなに感謝します。

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2009年4月19日 (日)

審判

朝いつものように5時に目が覚めました。いくらなんでも、5時から起きてガタガタやると近所迷惑(アパートなのです)だし、女房にもわるいので、6時起床、しばらく出来なかった(理由は選挙ではなく花粉症)ジョギングを30分。今日は、天神様に行ってきました。静かな日曜の朝、帰りに小学校を覗くと、準備をしていました。

今日は、投票日です。自分の名前を書くのは初めて、本当にいいのかな?という気持ちもあります。学級委員も生徒会長も、職場委員も執行委員のときも、実は自分の名前を書いたことがありません。委員長の選挙、実は投票していません(信任投票ですが棄権です)

少しドキドキ、わくわくの方が多い自分を、もう一人の自分が見ています。結果は神のみぞ知るですが、努力した結果が現われるものとは、選挙は少し違います。人気投票のような選挙もあり、利益誘導的な選挙もあります。

ほとんど盛り上がらなかった今回の選挙。投票率はどうなるのでしょう。途中から、とにかく投票しよう。政治は市民のものだ。議員は道具だ。という街頭演説をしてきました。自分一人の力でどうなるわけではないと思いましたが、政治活動から選挙活動とやってきて、本当に政治が大事だと思うようになりました。とことん打ち込んでみようと思うようになりました。

審判がもうすぐ下ります。努力の結果が出るのか?神は厳しい判断をするのか?わかりませんが、静かにその時を待とうと思います。

それでは、今から妻と投票に行ってきます。(どうやら化粧が終わったようです。)

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2009年4月12日 (日)

夢中

今日から選挙選が始まりました。あっという間の一日、夢中で過ごした一日でした。夢の中と書いて夢中と読みます。夢中という状態は、間違いなく夢の中と同じです。実感がないというか、周りが見えないというか。支援者と自分が主役で、それ以外の人達は、みんなその他大勢になります。

自分でもびっくりです。私を見ていてくれる人がいると我を忘れます。一人でも多く自分の方を見てほしい、手を振って欲しいと思います。そうでない人は自分の視界に入らないのです。選挙は、血を流さない戦争という意味が分かるような気がします。

選挙カーから降り、襷を外すと我に返ります。事務局長から、ある人を傷つけたことについて注意をされましたが、実は良く覚えていません。夢の中の自分は自分勝手なようです。日頃は自分の性格を理性というオブラートに包んでいるのです。夢の中は、本当の自分の性格が表れます。
そんな一日を振り返り、自分の気持ちを整理している自分を発見した一日でした。

なお、一度失った信頼を取り戻すのは並大抵の努力では出来ないそうです。あせらず、1年3年10年をかけてじっくり信頼回復に努力します。七転び八起き、あきらめない。これも本当の自分の性格です。

なお、選挙中につき、ブログはしばしお休みします。この続きは20日に!

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2009年4月11日 (土)

季節感

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富士見小学校のさくらも、満開を過ぎて桜吹雪がきれいです。昨日も夏のような陽気。今日も朝から快晴で、暑くなりそうです。

日焼けどめを塗りました。今更のような気もしますが、気は心。少なくとも、顔のほてりは抑えられるので、体調管理にはなると思います。

それにしても、季節感がずれてきました。今頃は、暖かい陽気というのが相場でしたが、最近は、寒いと思っていると急に暑くなってしまうという、夏と冬の繰り返しで、春と秋がどうも感じられません。

環境問題には、いろんな説があるようです。地球の変化に人間の知恵がかなうはずもなく、温暖化対策も重要ですが、環境に適応できる暮らし方などの研究も必要かな?とさくらを見ながらもいろいろ考えてしまいます。

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2009年4月10日 (金)

磐田市の人口

磐田市の人口が、昨年の夏あたりを境に減少に転じたようです。この4月の民族大移動(3月30日に市役所の市民課へ印鑑証明をとりに行ったのですが、転出・転入の手続きでごった返していました。)で、どの様になるか分りませんが、半年で500人程度の人口減少です。

見付や中泉、福田、掛塚、池田、神増、野部などの住宅地や集落を見て回り、高台から磐田を見渡して、都市計画ではなく街づくり計画だな!とあらためて思います。昨日、その考えを何人かの皆さんにお話ししましたが、結構、共感してくれました。

自身の行動スタイルとして、進んでいく方向づけが出来ないと、なかなか力を出せないタイプなので、選挙までには、方向を見つけたいと思っていました。十分ではありませんが、「安心して暮らす・働くための、最低限必要なインフラをまず優先する。それが働く人たちの将来の安心になり、将来に希望が持てれば、景気は付いてくる」という考えを基本認識にして、具体的な事象を当てはめていこうと考えています。

行動の基本は最初からかわらず、「議会制民主主義における議員の役割は、有権者の代表・代弁者。但し自分の意思を持った代弁者であること。市民の目線で現象を捉え、鳥の目・虫の目・魚の目で、分析し提案していけるようにしたいと思います。

人口17万人の磐田市、製造業で働き、自家用車で移動する人が圧倒的に多い街。団塊の世代が多く暮らし、着実に高齢化している磐田市。
夢だけを追わず、そろそろ現実に目を向ける時期が来たと思います。

さあ、今日も元気に行動しよう!!

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2009年4月 9日 (木)

街づくり

また、朝になってしまいました。昨日、事務局に頼んで持ち帰ったデータの内容が良く分からずに試行錯誤していたら、眠くなりそのまま熟睡してしまったのです。

今日もいい天気です。職場や市民の皆さんと話をしながらいろいろと考えます。みんな街づくりというけどどういうことだろう?りっぱなビルと商店街があることが街づくりなんだろうか?磐田市は人口17万ちょっとの地方都市です。4つの市町村が一緒になって4年です。磐田市の総合計画を読んでも、なかなか街づくりのポリシーは見えてきません。

昨日、26歳の寮に住むエンジニアの社員と一緒に訪問活動をしました。訪問するより政治とは、磐田の課題は何か?という話をした方が長かったような気がします。が、百聞は一見にしかず、たまたまですが、西坂からかぶと塚周辺と、国府台の南高の北側の住宅地にいきました。

計画に基づいた街づくりとは言えない状況を目の当たりにして、「経済を活性化するために都市づくりをするのが今の政治で、その失敗のひとつが現在の不況。17万の街には都市計画はいらない。街づくり計画、村づくり計画で、まず、昼間働いて疲れた体を癒し、家族が団欒できる空間を設計したい」という話のベースとなる現状の実態が分かったと思う。

江戸時代の町の風景画を見ると、きれいに区画整理された街並みが創られています。時の権力者が独断でつくると、邪魔が入らないため設計通りの町が創れます。パリの街は、18世紀(?)に、ナポレオン2世が、すべてを作り直して、あのようなすごい都市をつくったと聞きました。

民主主義では、市民に自由があり、経済原則で街ができます。市や町のリーダーは、10年ほどで変わるのが普通です。長期的な視野にたった街づくりを持続するのは難しいと思います。

しかし、町の設計をしたら、出来るだけ市民にオープンにして、疲れるまで議論をし、固めるという作業を根気よくやるべきだと思います。疲れるまで議論すると中途半端な意見は消えていき、意志のしっかりしたものが残るのではないかと思います。

民主主義の社会では、我慢と忍耐がなければ、夢の実現は不可能です。磐田のNEXT50を考え議論し設計できることが私の夢になってきました。でも、これは一人では出来ません。磐田だけでもできません。そのことは、もう少し考えてから、ブログにしたいと思っています。

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2009年4月 7日 (火)

成長

子育てというのは、親が育つことと言われます。自分のことばかり考えていると、結局はうまくいかないようです。
今日はややその傾向がありました。話をしながら、聞いている人に媚びているような言い方になっている自分を感じました。心配が表に出たのかも知れません。少し軌道修正をしたいと思います。反省

さて、午後から若手の組合役員と一緒に、技術部の職場を廻りました。寮に住む社員に、後援会便りをわたすためです。(なお、これには渡すだけでなく、やや大きな声で趣旨を話し、雑談をすることで、周囲の注目を集める効果があります)
管理職に挨拶をし、寮生に便りをわたし、しばし雑談、周囲に仕事を止めてすみませんと言いながら話しかける。もう一度管理職にお礼を言う。といった行動の繰り返しです。

これは、自分が技術系の職場の支部長になったときの職場点検の行動パターンです。今の職場は、どうも融通が効かないというが、積極的に動けば相手も応じてくれます。真剣に話しかけると真剣に答えてくれます。
実際に行動で示すと、若い組合役員も何となくその雰囲気が分かるようです。選挙の目的は組織強化です。私のような媒体をうまく受かって、コミュニケーションの円滑化を進めることが出来れば、会社の仕事ももっとスムーズに進むと思います。

そんなことを考えながら職場を廻りました。下心もありましたが、あまり余分なことを考えず、お願いせず、お知らせをしていると、ほとんどの人が「応援してます」という反応。

自分に何か利益があるだろうと思わず、純粋に行動していると、幸運は勝手に舞い込んでくるようです。

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スタート

昨日は、後援会の事務所開き。もう後戻りできません。スタート間近、緊張感とやや不安、後13日で残りの人生が決まります。

4月6日は、市内の小中学校の入学式です。期待に胸を膨らませていることでしょう。これからの時代を生きる子供たちが、希望が持てる将来を残していきたいと思います。

寮生と話して職場を廻り、寮の食堂で思いを語りました。若い人の政治離れは大人の責任。一生懸命話すと、真剣に聞いてくれます。昨日お願いした寮の世話役の子たちが手伝ってくれます。最近の若者は・・・。大人の、親の、責任です。彼らには未来を託すのに十分なポテンシャルがあります。

地元のお宅にご挨拶回りを始めました。富士見町は、1500戸、これは無理でも、3丁目は全部まわろうと思います。
偶然、単身東京で仕事をしている技術部の先輩のお宅に行きました。1年に1回か2回しか磐田に帰らないといっていました。ピンポンと玄関のベルを押すと奥さんが出てこられ、普通に挨拶、名刺を渡し隣の家に向かったところで呼び止められました。Kさんです。隣保を一緒に挨拶して廻っていただきました。同じ仕事をしていた後輩が、市会議員に立候補するというのがうれしいようです。
すべてが不十分で心配ですが、一方で、新しい進路が少しづつ見えてくるのも感じます。

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2009年4月 5日 (日)

春爛漫

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昨日の雨があがり、桜が満開です。9時から観音堂祭りに顔を出しました。富士見町に神社がありません。富士見町は東海道を見附宿に向かう手前の高台で、おそらく東海道を旅人が行き交う時代には、富士山が見えたのではないかと思います。小さな集落で、神社の代わりに、千手観音を祀ったそうです。古くから富士見に住むご老人が話をしてくれました。詳しいことは忘れてしまいましたが、由緒ある観音様だそうです。

観音寺になりますが、宗派や檀家はなく、町全体でお祭りを春と秋の2回行うとのことです。

お坊さんにお経を唱えてもらい、線香をあげます。祀り方は、お葬式と同じです。最後にお坊さんから説教があります。はじめての経験ですが、趣があります。境内に、桜の木がないのが残念ですが、桃の花がきれいに咲いていました。お餅をついて、子供たちに振舞います。

写真のさくらは、つつじ公園と一番町の公園です。先月末にやっと買ったパスで、見付界隈のお宅を訪問した時のものです。普通の自転車では、少しきついと思いますが、パスなた天神様の坂も乗ったまま登れます。が、やはり自転車、午前中いっぱい走るとさすがに疲れます。

子供たちに、パスが欲しいなと言われたり、おばさんから「いいねえ」と言われたり、特に宣伝しなくても、自分の顔とパスの宣伝になるようです。「顔パス」ですね・・・。

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2009年4月 4日 (土)

某自治会長

会社を退職して直ぐに自治会長をやっているKさんの家にいった。1月に訪ねた時は留守だったので、遅くなったがあらためてお邪魔した。面識はない。組合の副委員長がいた職場の人だ。再雇用で、週3日程度会社に来ている。

「こんにちは松野です。」「遅い」「何が遅いんですか?」「自治会の会合がなくなってしまう」ということだ。自治会長権限で、自治会の会合で挨拶させてくれるという。遅いと言いながら、会合の場所になる公会堂へ、雨の中案内しでくれて、○×日の▽時からやるから、来て、目で合図をしてくれ。紹介して挨拶の時間を取るから・・・。感謝である。

さらに、隣町の自治会長のところに連れて行ってくれて、会合に呼べという交渉をしてくれた。極めつけに、ある会社の社長まで紹介してくれた。

副委員長が頼んであったということだが、それにしてもすごい行動力。涙が出そうになった。(まだ全然早いが・・・。)

今日の朝、顔を出した「改革派市長候補」の決起集会、来賓の連合静岡某会長が組合役員は、いやいや選挙をやっていると言っていたが、自分の若いころを思い出し頷いていた。実際のところ、動員されて、休日に出てくるのはいやに違いない。
が、やや変化を感じてきた。今日の朝、青年部でビラの投げ込みをしてくれるという。計画には全く無いことなのに、皆で準備して行ってくれた。

寮の自治会長が、新入寮生の歓迎会に呼んでくれた。自分より若い子達の集まり。選挙権は1割の子しかないが、話の後は拍手喝采。後援会発足総会の拍手よりも大きな拍手をもらった。若い子が自然に拍手をしてくれるのはうれしい。これも涙がでそうだった。

来てくれ、やってくれと言われないのにやってくれる人が、どれだけいるか?が、選挙の勝敗のカギだそうだ。組織内議員候補だから、一般の候補者の方とは比べられないのかもしれないが、動員だけではダメという感触はある。

来週から事務所が出来る。どんな人が、どれだけ来ていただけるのか?自分の評価が見えてしまうのは怖いが、選挙は、昔でいえば戦争なのだから、現実をしっかり受け止めて、命を懸けるつもりで歩き訴えていかなければダメだろう。

自分の本気が試される2週間がすぐにやってくる。

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2009年4月 3日 (金)

将来が楽しみ

ドコモショップの経営を、弊社の子会社がやっている。挨拶に行った。女性ばかりの十数人の職場、便利になることを少しあきらめて、困っている人のために税金を使わないと、将来が安心できる社会にならないので、経済も良くならない。今必要なのは、そういう責任のある考え方だ。すぐには出来ないが、みんながそういう人を選ぶようになれば、自分の子供の時代はかならず豊かな潤いのある社会になる。今は我慢だ。というような話をした。

あまり聞いてくれないと思ったが、しっかり耳を傾けてくれた。夕方、寮で20歳そこそこの息子より若い子達に同じような話をする。これも真剣に聞いている。

だれに入れるかは、別として投票に行かなきゃ何も変わらない。みんなうなづいた。長い間、若い子達と真剣に話をしたことがなかった。組合の役員もみんな30歳以上、幹部は40過ぎだ。

最近の若い者は・・・結構将来が楽しみだ。

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2009年4月 2日 (木)

公開討論会

磐田市長選挙の告示に先立ち、市長選の候補予定者3人による公開討論会が開かれた。場所は、市民文化会館。夜7時から約2時間にわたって開催。

家内と一緒に聞きに行く。したがって今日は訪問活動お休み。本題ではないが、訪問していないと不安でしかたないという気持ちになる。候補者が、何日も休まずがんばれるのが何となくわかるようになってきた。

さて、公開討論会だが、6時半に家を出て、自治会長のお宅に「来週から事務所が出来ますよ」の話をして、文化会館へ。既に会館の駐車場はいっぱいで、いつもの臨時駐車場へ止めて歩いて会場へ。

500人くらいの聴衆か?いつぞやの浜松市長選挙の公開討論会も同じくらいの人数だったような記憶なので、人口を考えると結構関心は高いかな?などと考えながら席に着く。となりは何と引退した議員の息子さんで高橋さん。現在は某K氏の秘書をしているとのこと。

さて討論会。磐田JCの司会でスタート。コーディネーターは、ぱんぷきんの編集長小林氏。候補者3人、鶴田、渡部、大橋が出そろう。丸バツの質問からスタートし、財政状態の質問、南部の救急体制についてなど具体的な質問のあと、政策と磐田の将来像についてそれそれが語る。

残念ながら、コーディネーターの質問に答える形式なのでディベートのようにはならなかったが、3人の性格的なものはある程度わかる討論会にはなったと思う。というか、3人3様の性格とものの考え方をする。それがはっきりしたといった感じである。

鶴田さんが「優等生の言い訳タイプ」大橋さんが「場を勘違いしている政治評論家」渡部さんは「さわやかな革命家」かな?大橋さんは、あまり政治活動はしていない様な前評判だが、以外にわかりやすい話をする。
主観的には渡部さんのわかりやすい話に軍配を上げたいところだが、客観的に見ると良く分からないという結果だった。さすがに、皆さん話がうまいし、落ち度はない。

今日の公開討論会で、あえて順番をつけると第1位がコーディネーターの小林さん、ひとりで勘違いをしたり、自分の思いを語ったりして、会場の笑い(苦笑)を買っていたが、一番、目だったし、主張もはっきりしていた?2番3番がなくて、その後に候補予定者全員。明日の朝刊が楽しみだ。

そんなこんなで、渡部さんがリードとはいかなかったけれど、鶴田さんも大したことがないということがはっきりしたので、まずはほっとした。

明日からは、自分のことに専念しよう。

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2009年4月 1日 (水)

入社式

4月1日、今日はどこの企業も入社式である。私の会社も300人くらい?の新人が入社した。昨年の暮れから経済環境が急変して、内定取り消しなどがあり、今年の新人は大変でした。

ローマ人の物語の作者、塩野七生が、ユリウス・カエサルが言った言葉として、「人生の成功は、自分の思いどおりにならないことを、どれだけ我慢したかにかかっている」という一節を紹介している。

人生は、我慢の連続である。愚痴を言いたくなることも多い。社会というのは多くの人が多くの考えを持って運営している。先輩諸氏がたくさんいる中で、自分の思うように出来る筈がないし、自分の思ったことをやってうまくいくかどうかなどわからない。

社会には正解も間違いもないのである。数学でも物理でも、たまたま、考えた理屈が現象にあっているということだけである。出来事は、理屈通りには起こらない。自分の都合の良いようには起こらない。起こった事実を現実を、ありのまま受け止めて、それを将来に活かしていくのが、大人の行動である。

マニュアルは、過去の遺物である。大量生産にはマニュアルは有効だが、新しい時代を築いていくには邪魔になる。過去の成功ではなく、未来の失敗を恐れない行動が大事なのである。

今、社会は目標を失っている。そういう自分にも、社会の目標はわからない。いずれにしても、社会主義の理想も、資本主義の夢も、ある時期には有効だったが、有効期限が切れてしまったことを、この金融危機は証明しているのではないか?経済は再生しないと考えた方が良いと思わざるを得ない。再生ではなく、次の道を探さなくてはならないのだ。

新しい道を探すのは、将来を生きる若者の仕事だ。若者が仕事をし易いように、社会の借金は我々の世代が清算し、どんどん世代交代をしていくべきだ。もちろん失敗の責任を取るのは年寄りの仕事だ。

本年入社した若者たちには、お金以外に、暮らしを豊かにしてくれる”何か”を探しながら、未来の目標を見つけてほしい。

未来を創るのが政治とすれば、その実現の原動力となる若者を支えるのが、新しい道を進む自分の仕事になる。なかなかやりがいがありそうだ。

ところで、私の息子も晴れて某自動車メーカーの入社式に出席することが出来た。自分の息子は、あまり失敗せず無難に生きてほしいと思っている。親バカである。

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親孝行

昨日、施設に入っている父の件で、母と一緒に夕方から相談に行った。相談をしてホッとしたような、親を施設に入れている罪悪感とが交錯した状態の自分の心を感じながら、昨夜は早く寝てしまった。

父はリハビリセンターという、軽度の認知症の方が、日常生活が出来るように訓練する施設にいる。浜松の西区にある。リハビリセンターなので、5月には出なけらばならない。

一時は、妄想と徘徊で隣保の皆さんにもご迷惑をかけた父の症状だが、認知症の進行による一時的な精神異常だったようで、現在は静かに施設で暮らせるようになった。本当は、自宅でゆっくり余生を過ごしてもらうのが親孝行と思うが、趣味を全く持たず、人づきあいもほとんどしない父は、家に一人でいると何もしない。することがないと、貧乏だった昔を思い出すのか、通帳を持ち出してお金の計算を始める。そのうち分からなくなって精神異常になってしまうのが心配だ。

そんな話をソーシャルワーカーさんにしながら相談する。毎日父を見ていてくれるワーカーさんも私たちと同じ意見だった。ややお金はかかるが施設はあるようだ。一度見学した上で決めようと母と話しながら帰路についた。

親不孝者のような気もするが、施設でゲームをしている父の表情は、これまで家では見たこともない笑顔だ。家に帰りたいと口では言うが、本当は今の状態を気に入っているようだ。老後は、同じような状態の皆さんと一緒に過ごす方が父のためかもしれない。

もうすぐ81歳になる父。親孝行とはなんだろう。

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