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2009年9月 1日 (火)

国家の品格

少し前、8月24日ですが、藤原正彦氏の「国家の品格」という講演を、静岡県市町会議員研修会で聞くことが出来ました。印象的なお話なので、メモを残しておきます。

講演「国家の品格」

日本人は改革好き。改革の4つにひとつは改悪となる。

改革=改善と思っているのは日本人だけ。

これまでの改革で日本の国柄は壊れてしまった。国民が壊したのだ。壊れた駅前商店街はもう戻らない。地方分権というが、分権と言いながら地方を壊してきたのだ。アメリカに洗脳されて、内需拡大をしろと言われ、アメリカの国債や株を買ってきたのだ。

一番の問題は教育格差。経済格差は510年我慢すればよい時も来る。市場原理に基づいた規制緩和というが、規制はケースバイケースなのだ。自由競争は、人間をけだものの世界に戻すことと同じなのだ。

また、公平なんてない。政治は不公平なものだ。弱者救済なのだ。

国民の言う事を聞く政治もダメだ。長期的、広い視野が政治なのだ。官僚政治はやめた方が良い。国民の平均値では国を創れない。国民の目線で考えたら国は創れないのだ。

市場原理は、ひとりの金持ちと99人の貧乏人を創る。論理的に正しいものは、社会的に意味がない。共産主義は美しい、しかし人類には合わなかった。市場原理も同様、人類に合わない。アメリカは今、大きな政府をオバマがやっている。農村を助けている。農村は国の宝だ。日本の不況はリーマンショックが原因ではない。日本が儲けたお金を、すべてアメリカにつぎ込んだからだ。これが日本の宝である国柄を壊したのだ。

日本の初等教育は世界一だった。医療システムも世界一だった。国民皆保険は他にはない。

日本型資本主義は、1980年代、世界の模範だった。中央政府が地方や中小企業を守っていた。制度疲労という有りもしない考えかたを創り、ビックバンで、雇用体系を壊し金銭至上主義にしてしまった。これは人の心を壊した。

日本はかつて、金銭から最も遠く、幸せに最も近い国民だった。貧しいが家族の助け合い、コミュニティの助け合いがあった。

法治国家などは恥ずべきことだ。法で規制しないと行動を規制出来ない。日本人は、先祖の顔に泥を塗る。お天道様が見ていることで、行動の規制をしてきた。

歴史のある国はアメリカのまねをしてはいけない。歴史のないアメリカは失敗してもいいが、日本は失敗すると伝統や歴史を壊してしまう。

献身とは、人のためにつくすこと。日本は国柄があり他には何もない国だ。政治家が良かったわけではなく、国柄が日本を創った。

郷土愛、家族愛、惻隠の情、武士道精神が日本の未来を創る。

いじめをなくすのは出来ない。無くさなくてよい。大勢で弱いものをいじめるのは卑怯だ。いじめられていても、直ぐに手を差し伸べる子供が現われる。

自然にひざまずく心、美しい情緒を取り戻すことが、日本を取り戻すことだ。

惻隠(そくいん)の情(じょう)

1年程前、車のラジオから「今、日本人の中から消えつつある言葉」というある番組の中のコーナーが流れてきました。何気なく聞いていると、その中に「惻隠の情」という言葉が出てきました。その他にも、十数種類の言葉がありましたが、今は思い出せません。

「惻隠の情」という言葉で、ふと、私の尊敬する土屋秀宇先生(元日本漢字教育振興協会理事長)を思い出しました。先生との関わりは次の機会として、話を戻します。「惻」は、同情し心を痛める意。「隠」も、深く心を痛める意。

したがって、人が困っているのを見て、自分のことのように心を痛めるような、自他一如(いちにょ)【平等・無差別】の心もちを「惻隠の情」と言うのです。もっと平たく言えば「思いやりの心」と言うことになるのかも知れませんが、それだけでは十分に表せないもっと深い情愛を満たす言葉です。

問題は、どうすれば「惻隠の情」が育つか、ということです。  それには「わがまま」を抑えることから始めるのが一番でしょう。 そして、その第一歩は行儀作法を良くすることです。

具体的には、

1 「ハイ」という返事が元気よく言える。
2 「おはようございます」などのあいさつがきちんとできる。
3 脱いだ靴のかかとを揃える。
4 姿勢を正す。
5 朝寝坊をしない
この五つが大事だと思います。

一見「惻隠の情」とは無関係のように思われるかも知れませんが、洋の東西、時の古今を問わず、行儀作法を教えないで、人間らしい心を説いた人はありません。何故なら行儀作法は、人間にのみできることであり、その意義が理解できるのも人間だけだからです。私は以前、全校朝会(小学校)で児童に「人間としての土台三原則」という話をしたことがあります。

1 あいさつは自分から先に
2 返事は「ハイ」とはっきりと
3 脱いだ履き物かかとを揃え、立ったら椅子は机の下に
の三つです。

この三原則を説かれた先生は、この三ヶ条こそが人間の生き方の基本であり、これさえ身に付ければ人としての土台ができるとおっしゃるのです。「しつけ」というと堅苦しいと抵抗を覚える方もいらっしゃると思いますが、ある方が分かりやすく説明して下さっています。

「もともと〃しつけ〃とは、仕立物(したてもの)の縫い目を正しく保つため、仕付け糸で縫いおさえておくことです。言うなれば乱れを防ぐことです。」「仕付け糸」の役割の重要性を、人間の生活にも当てはめて考えたのが「しつけ」の由来だという訳です。

何はともあれ、子どもの心の成長のバロメーターは、どれだけ自分のわがままを抑えることができるようになったかの、セルフコントロールの力、つまり、「自律心」にあります。例えば「履き物を揃えること」ひとつとってみても、「面倒くさい」と自分のわがままな気持ちをコントロールして「揃えよう」という意志を働かせない限り、かかとは揃いません。したがって「自律心」を育てる良い訓練になることが分かります。この例からも「人間としての土台三原則」は大事な教えであることが、お分かりいただけると思います。

「惻隠の情」を育てる上で、次に大切なのは「掃除をきちんとさせる」ことだと思います。なぜなら、行儀作法が心の内に秩序をもたらせるのによい方法であるのに対し、掃除は身辺と心の関係に秩序をつくっていくのによい作業だからです。服装を整えることから始まって、机のまわり、部屋の中、庭などを掃き清め、整頓していくうちに、人の心も自然と整えられるものです。

そう言えば「整」という漢字は、木に○(たばねるための紐)をかけた形を表す「束(たば)」と手にムチを持った形の「攵」と「正」の字からできています。つまり、木の不揃いの所を棒でたたいて揃えることから「整」の字が生まれています。このことからも、掃除はまさしく乱れた部屋、乱れた心を清め整える作業です。

言葉の喪失は 行動の喪失
行動の喪失は 理解の喪失
理解の喪失は 文化の喪失

私の創作した言葉ですが、忘れ去られようとしている言葉と、それを表現する行動と、さらにその事を理解できる文化。大切な文化の保持のためにも、最も適切かつ有効に指導していける場のひとつとして、スポーツの世界があると思っています。

スポーツの世界に身を置き、夢を追い続ける子ども達、あらゆる競技を通して、人格の形成も計ってほしいと願っています。上記の内容は、日々スポーツの指導する中で、既に多くの指導者の方々が心して子ども達に対して実践されていることだと思います。

 技能の向上と心の成長を両輪として捉え、いずれ世界へ躍進し、活躍するであろう子ども達に、是非今のうちから身に付けさせ、人としての土台の上に立ったスポーツマンであるよう、指導する皆様方に再認識していただけたらと思い掲載しました。

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