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2010年5月20日 (木)

古代カルタゴとローマ展

201005201445000 フェニキア人がおこしたカルタゴという国は2000年以上も前、今のアフリカ北岸(チュニジアと思いますが)で栄えました。ローマは、このカルタゴの海洋技術と戦略戦術を学び、その後の発展を遂げたとも言われています。

温暖で海洋資源に恵まれていた地中海の周りには、多くの文明が栄えました。エジプト・ギリシャ、そしてカルタゴなどです。地中海をまたぐ文明ですから、海運と海軍が国の発展には欠かせません。カルタゴは造船技術、操船技術に優れていたため、現在のチュニジアから海を渡ってスペイン・イタリアに進出しようとします。しかし、イタリアには後から力をつけてきたローマがありました。ローマはカルタゴの勢力下に入ることをきらい、カルタゴ・ローマの戦争が始まります。有名なポエニ戦争です。

201005201446000 誰もがカルタゴ優勢と思われていた第一次ポエニ戦争、それも海戦で、ローマが勝ってしまいます。カルタゴを真似して作った船に素人の発想で新しい兵器を積んだことが優位に立ったと言われています。ビギナーズラックです。

紀元前3世紀ごろのことです。しかし、カルタゴにはハンニバルというアレキサンダー大王に次ぐ歴代の英雄がいました。ハンニバルは、スペイン・フランスを経由し、アルプス山脈を超え、象の軍隊を従えてイタリアに入りました。ハンニバルは連戦連勝し、イタリア半島の半分がハンニバルのものになってしまいました。

しかし、ローマはあきらめず、ハンニバルの疲れるのを待ち、最後には北アフリカのカルタゴに追い返しました。さらにザマというところで行われた天下分け目の戦いにもローマが勝利し、カルタゴはローマの属州になります。

勝ったローマは、500年もの間、地中海全域を勢力下においたローマ帝国の繁栄へと歩みを進めることになりました。

ローマ皇帝は王様ではなく現在の大統領、市民の承認がなければ皇帝になれません。さらにローマ法と元老院を頂点にした政治システム、戦争の時は皇帝や元老院の議員が先頭に立って戦う、という現代社会でもお手本にしたいような社会でした。500年続いたのもうなづけます。

今の日本の社会は戦後60年、明治維新からやっと142年。先人の知恵にはまだまだ追いつけません。

そればかりではなく、彫刻や装飾品のすばらしいこと、2000年の時を経ても古さを感じません。またカルタゴの遺跡からは当時の港の様子が推定できるようで、復元図がありました。ドックのある軍港と商港とが分かれた機能的な港です。

先日、ギリシャ神話の戯曲についてお話を聞く機会がありました。2500年前の権力者夫婦の話です。男と女の関係も全く進歩がないことを聞かせていただきました。

201005201453000 人類は2000年もの間、何をしてきたのだろう。物質文明としての進歩はしたかも知れないが精神文化は相変わらず、ひょっとしたら精神的には退化しているのかも知れない。

といったものの見方も時には必要かも?カルタゴとローマに思いを馳せながら感じた次第です。

なお、美術館のまわりの浜松城公園は、静かな都市公園へとしっかり進化していました。

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