« 国分寺まつり | トップページ | ほたる »

2010年5月23日 (日)

子どもと本

大量生産と金融ゲームによる経済優先社会を、文化の力で落ち着いた精神社会に変えていきたい。私が政治に身を置いている一つの理由です。

Sany0002 小寺啓章さんの「子どもに本の楽しさを」講演会を聴きました。50名の募集だったようですが、100名近くはいたように思います。大盛況。

小寺氏は、太子長町立図書館で取り組んだ「読み聞かせ」などの児童サービスが注目を浴びた方です。彼の「読書は勉強ではなく楽しみだ」良く分かります。

私の子どもの頃、父は尋常高等小学校卒で国鉄の職工でしたので給料も安く、家では田んぼと畑が少しありましたので、それと合わせて生計を立てていました。兼業農家は大人も子どももなく家の仕事をするので、私も小さい頃から畑仕事や庭の掃除をする母について回っていたようです。

そんなことから、母に絵本を読んでもらった記憶はありませんし、家にも絵本はありませんでした。母の実家が小規模ながら地主だったので、母が里帰りするときに付いていって、従兄によんでもらったり、いとこの絵本を読んで(見て…)いたようです。

小学校に上がると、図書館があり、母や先生に言わせると、一気に本の虫になったようです。毎日時間があると図書館へ入り浸りだったそうです。低学年の時の記憶はあまりありませんが、3年生くらいから、シートン動物記とおおかみ王ロボにハマったのを今でも覚えています。同じ本を5回通りくらいは読んだかも知れません。

小寺氏は、良い本を読みなさいとおっしゃっていましたが、私は良いも悪いもわからずに、マンガも物語も辞典も教科書も関係なく、ある本は手当たり次第読む、小寺先生に言わせれば、質の悪い本の虫でした。

それが良かったかどうか?労働組合の仕事を始めてから、子どもの頃(といっても中学まで)に、いろんなジャンルの本を読んだことが活きるようになった?気がします。議員になってからは、さらに子どもの頃から現在を予測していたのではないかと…。まだ不足していると思いますが、本を読むことはまちがいなく人生を豊かにすると実感しています。

なお、本は読むものではないですね。本は空想の媒体。面白い本は文章でなく、映画のように映像で覚えています。また、映像が浮かばない本は楽しく読めません。

きっと子どもも同じですね。小寺先生の話は自分の経験と重なり合い考えを再認識しながらの楽しい2時間でした。

|

« 国分寺まつり | トップページ | ほたる »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/526797/48429920

この記事へのトラックバック一覧です: 子どもと本:

« 国分寺まつり | トップページ | ほたる »