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2013年8月24日 (土)

市民参加による行政運営

昨日23日、静岡大学の日詰教授にお願いして、市民参加による行政運営について、会派の勉強会を行いました。

教授の丁寧で分かりやすい講義のおかげで、市民参加の歴史、あり方、そのための手法などについて、会派の共通認識を図ることが出来、また、今後の活動の道しるべが出来ました。暑い中、JRの鈍行で磐田までお出かけいただいた日詰先生に、あらためて感謝したいと思います。

さて、市民参加ですが、2期目の公約のひとつに、行政・議会の「見える化」を取り上げました。見えるか見えないか?は市民一人ひとりの主観なので、着地点が見えない取り組みですが、しかし、地域力や国力の源泉は市民・国民の参加です。…というよりも、そもそも、私たち議員も市役所の職員、官僚も、市民の代わりに議論をし社会の仕組みを作り改善し、それを実行している訳ですから、主体者は市民です。

参加するためには、現状を知る必要があります。古代ローマのユリウス・カエサルは、政策と演説力、そして行動力には自信がありました。しかし、元老院では新人、その時に、カエサルが行った行動は、元老院の議論状況と結果を、その日のうちに市民広場に掲示するというものでした。

マスコミがある訳ではない古代ローマでは、元老院で議論し国の方向を決めるという合議制を取っていましたが、カエサルまでは密室でした。カエサルの見える化は、市民の圧倒的な支持を得て、それによりカエサルは市民集会では英雄になり、帝政ローマの基礎を築くことが出来ました。

帝政ローマは、約500年続きます。それは、元老院と市民集会、軍隊という3つの組織に承認をされて初めて皇帝の地位を得、日常の政策も基本は元老院の議決を経、必要に応じ市民集会の承認を得るという、市民参加が担保されていたことも大きな要因と言われています。

もちろん、独裁を進めた皇帝も居ましたが、その多くは暗殺されたり、元老院や市民集会で弾劾されています。

ローマ時代の市民は、住民全員ではなく、一定の地位にあり市民権を獲得したものに限られていたといいますが、それでも何万人という市民集会で演説し、そこで承認を得られない限り皇帝としての権力を行使できないという仕組みは、市民参加の原点ではないでしょうか?

日本の歴史は、直接間接の違いはあっても、天皇による統治が終戦まで続いたと考えると、民主主義がスタートして68年、しかも市民参加という歴史はこれからです。どの様な形態が良いか、試行錯誤しながら、日本式の市民参加の仕組みを構築すべき時期に来ていると思います。
50年という短い期間で、経済的にも文化的にも豊かな社会を築き上げた日本が、今後も物欲・金銭欲にこだわるのか、それともより文化的でゆったりとした社会を目指すべきなのか?それを決めるのは、市民参加による時間を掛けた認識併せのプロセスではないでしょうか?

そのためにも「見える化」、議会・行政の動きを市民に知らせるための仕組みづくりに、一層力を入れたいと思います。

なお、ローマの話は、塩野七生「ローマ人の物語」の受け売りですので、一読してみてください。

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